国内の調査では、アレルギー性鼻炎をもつ人の割合は、およそ半数にのぼるという(*1)。
花粉症に代表されるアレルギーは、特別な病ではなく、暮らしのなかの身近な不調になった。
しかもその不調は、鼻なら鼻、肌なら肌と、都合よく分かれてくれるわけではない。
鼻の症状と肌の状態が重なり合うように、体はもともと、診療科の枠を越えてつながっている。
神奈川県横浜市港南区、上大岡駅と港南中央駅にほど近いこの街で、「いなばクリニック」は2004年に開院した。
耳鼻咽喉科を軸に、皮膚科や美容皮膚科、形成外科、アレルギー科などを一つの場所に併せ持ち、レーザー治療にも早くから力を注いできたクリニックである。
院長を務める稲葉 岳也医師は、開院から20年あまり、この地で診療を続けてきた。
診療科ごとに患者を縦に切り分けるのではなく、疾患のつながりを横で診る。
その発想がどこから生まれたのかを、院長のこれまでの歩みとともにたどっていく。
*1:日本耳鼻咽喉科学会会報「鼻アレルギーの全国疫学調査2019」によると、アレルギー性鼻炎全体の有病率は49.2%(スギ花粉症は38.8%)。
縦割りを越えて、鼻も肌も「一人の体」として診る

―まず、いなばクリニックが診療で大切にしていることからお聞かせください。
稲葉:耳鼻咽喉科を掲げていますが、それだけでなく、皮膚科や内科など複数の科を併せて診ています。
体の症状はきれいに診療科で分かれてくれるわけではありません。
アレルギーや炎症は複数の科にまたがって現れることも多く、そのつながりを診ることを大切にしています。
たとえば花粉症は鼻の症状として知られていますが、花粉症皮膚炎という言葉があるように、肌のかゆみや荒れとなって表れることもあります。
鼻の内側で起きていることと、肌の外側に出ていることが、もとをたどれば一つのアレルギーだった、ということは珍しくないのです。
アレルギーにしても炎症にしても、いくつもの科にまたがって横並びに現れます。
だとすれば、ある程度幅広く診られる環境を作ることで、その人の体を全体として捉えやすくなる。
そう考えて、複数の科を一つの場所に併せ持ってきました。
鼻だけ、肌だけと切り離さず、同じ一人の体として、つながりのなかで診ていく。
このことを診療の根本に置いています。

―診療科がいくつもあることは、日々の診療のなかでどう表れていますか。
稲葉:季節によって、混み合う科は移り変わっていきます。
春は花粉症で耳鼻咽喉科を訪ねる方が増えますし、夏になれば肌の不調で皮膚科に来られる方が多くなります。
科がいくつもあることで、一年を通じて忙しさの波がならされていくのです。
患者さんの立場から見れば、一つの場所でいくつもの不調をまとめて相談できるため、通いやすさにつながっているのだと思います。
お子さんの耳鼻科の付き添いで来たお母さんが、ご自身の肌のことも一緒に相談していかれる。
そんなふうに、ご家族そろって通ってくださる方が多いのも、複数の科を併せ持っているからこそだと感じています。
「医療版のインターネット」だった、レーザーとの出会い

―先生が医師を、そして耳鼻咽喉科を志すまでの歩みを、生い立ちからお聞かせください。
稲葉:親族に医師が多く、身近に医療がある環境だったので、自然とこの道を意識するようになりました。
とはいえ、何が何でも医師に、というほど強い思いがあったわけではありません。
子どものころに親しんだ『ブラック・ジャック』のような、ごく一般的な憧れに近いものだったと思います。
専門を選ぶときに考えたのは、外科的なことと内科的なこと、その両方に関わりたいということでした。
耳鼻咽喉科は、外科的な処置と内科的な診療の両方に関わる診療科です。
その幅の広さに惹かれて、耳鼻咽喉科を選びました。
―研修を始めたころに、レーザーとの出会いがあったとうかがいました。当時の思いを聞かせてください。
稲葉:私が医師として研修を始めた1990年代の後半は、医療用レーザーが医療の現場に広まりはじめた時期でした。
さまざまな機器が次々と世に出てきて、それまでの医療を塗り替えていくその様子が、ある意味でカルチャーショックだったのです。
世の中にインターネットが登場したときのあの衝撃が医療の世界ではレーザーの登場として訪れた。
そんなふうに受け止めていました。
これまで対応が難しかった症状へのアプローチの選択肢が広がった、という実感がありました。
治療の経過を画像や数値で確かめやすいという点も、レーザーの特徴の一つです。
大きな病院でなくても、クリニックの規模で導入できる。
そこに大きな可能性を感じて、レーザーを自分のライフワークにしようと決めました。
自由診療の黎明期。医局から独立という決断

―2004年の開業は、当時としてはかなり早い独立だったとうかがいました。その経緯をお聞かせください。
稲葉:もともと、早く独立したいという気持ちがありました。
ひととおりの臨床経験を積むと、間を置かずに自分のクリニックを開いたのです。
私自身は、研究や留学に進むよりも、現場で患者さんを診ることに気持ちが向いていました。
決められた道を歩むより、自分の考えで自由に診療したい。
その思いが、早い独立につながったのだと思います。
―上大岡・港南中央というこの場所を選ばれた理由を教えてください。
稲葉:横浜といっても、中心部とはまた違って、地域の暮らしがしっかり根づいた土地です。
近隣にお住まいの方が、世代を問わず日常的に通ってくださいます。
かかりつけとして地域に根を張るには、ふさわしい場所だと感じました。
更地に一から建物を建てて、ここで開院しました。
開く前から、いずれは複数の科を併せ持ち、診療科をまたいで診ることのできる構えをつくりたいと思い描いていました。
扱う医療情報が年々増えていくなかで、間口を広く取っておくことが、地域のかかりつけとして役立つと考えていたからです。
「お化粧の延長」へ。美容医療の敷居を下げた20年

―開院から20年あまり、美容医療に対する患者さんの受け止め方も変わってきたのではないでしょうか。
稲葉:地域に根ざしたクリニックですので、患者さんお一人おひとりの意識が大きく変わったというより、美容医療そのものへの敷居がこの20年ほどで下がってきた、という感覚があります。
開院したころは、「シミは取れるのか」「脱毛はできるのか」と尋ねられるところからの出発でした。
それから20年あまりを経て、男性が脱毛に通われることも、ご高齢の方がシミの治療を受けられることも、ごく自然な光景になりました。
当院の美容の診療に来られるのは、8割から9割が女性です(*3)。
それでも、性別や年齢を問わず、暮らしの延長として美容に向き合う方が、幅広い世代へと広がってきたように感じています。
普段の診療で通っている場所だからこそ、美容の相談がしやすいという面もあるのだと思います。

美容医療というと、どうしても身構えてしまう方は少なくありません。
ですが、普段から風邪やアレルギー、肌の不調で通っている場所であれば、「ついでに少し相談してみようか」と、自然に一歩を踏み出しやすくなります。
当院は一般の皮膚科も診ていますので、まずは保険診療で肌の状態に向き合い、そのうえで希望される方には美容の治療へと進んでいく、という流れもつくることができます。
保険診療と自費診療が地続きになっていることは、患者さんにとって相談のしやすさにつながっているのだと思います。
―先生は、美容医療にどのような意義を感じていらっしゃいますか。
稲葉:外見のことへの気がかりに向き合うことは、その方の内面とも深くつながっているのだと感じています。
いつまでも若々しく、元気でいたいという思いは、女性に限らず、年齢や性別を問わず、多くの方に共通するものです。
美容に関するご相談の場所として、その方の選択肢の一つになれるのであれば、それも医療の役割だと考えています。
*3:2026年5月インタビュー時点、いなばクリニック調べ
揃った機材が、遠方からの来院を呼ぶ

―診療に使う機器の種類が多いとうかがいました。どのように揃えてこられたのでしょうか。
稲葉:診療科をまたいでさまざまな症状を診ようとすると、それに応じた機器も自然と必要になっていきます。
一つの症状に一つの機器ということも多く、幅広く対応しようとすれば、おのずと種類は増えていきました。
意図して数を集めたというより、必要に迫られて揃えてきた、というのが実際のところです。
さいわい、建物に十分な広さを取れたので、置く場所にも困りませんでした。
機器は一度入れて終わりではなく、改良や世代交代に合わせて、定期的に入れ替えています。
そうして気づけば、レーザーや光治療をはじめ、約20台の機器が並ぶようになりました(*4)。
―それだけの機器が揃っていることは、患者さんにとってどのような意味を持ちますか。
稲葉:一つの場所で、幅広い症状に対応できることだと思います。
シミや赤みなど、肌の悩みは一人ひとり異なりますし、同じ悩みでも肌の状態によって適した方法は変わってきます。
機器の選択肢が幅広くあれば、その方の状態に合わせて方法を選んでいくことができます。
なかには、特定の症状に向く機器を求めて、遠方から足を運んでくださる方もいらっしゃいます。
2つの建物をあわせて100坪ほどの空間があり、その広さを生かして機器にゆとりをもたせられることも、こうした診療を支えています。
*4:2026年5月インタビュー時点、いなばクリニック調べ
「やれ」とも「来い」とも言わない、患者さん本位の診療

―日々の診療で、患者さんと向き合うときに大切にされていることをお聞かせください。
稲葉:心がけているのは、患者さんにとってのよい医療を提供することです。
こちらの考えを押し付けるのではなく、その方が望むことに、できるかぎり寄り添っていきたいと思っています。
これまで、「この治療をやりなさい」「また来なさい」と伝えたことは、一度もありません。
やるかやらないかを決めるのは、あくまで患者さんご自身です。
ただ、これは患者さんのおっしゃることを何でもそのまま受け入れる、という意味ではありません。
医学的に見て適切かどうかを見極めたうえで、その範囲で、患者さんの望む形に近づけていく。
そのバランスを大切にしています。
―患者さんによって、求めているものは違ってくるように思います。その見極めは、どのようにされているのでしょうか。
稲葉:はじめの問診で、その方が何をどこまで望んでいるのかを、できるだけ丁寧にうかがうようにしています。
症状をすぐに抑えたいのか、時間をかけてじっくり付き合っていきたいのか、求めるものは、お一人おひとり違います。
たとえば、できるだけ早く薬を受け取って帰りたいと考えていらっしゃる方がいる一方で、じっくり相談しながら診てほしいという方もいらっしゃいます。
そういった方には納得がいくまで、時間をかけて診察ができるような体制を整えています。
お一人おひとりの人柄や事情をくみ取りながら、その方に合った関わり方を選んでいくことを大事にしています。
赤ちゃんから80代まで、誰もが通いやすい場所として

―どのような患者さんが来院されるのでしょうか。年齢層の傾向をお聞かせください。
稲葉:地域に根ざしたクリニックですので、幅広い世代の方が来てくださいます(*5)。
小さなお子さんから、80代を超える方まで、年齢を問わず通っていただいています。
複数の科を併せ持っていることもあり、ご家族そろって受診されることも多く、とりわけ土曜日は、ご家族連れでにぎわいます。
お子さんの耳鼻科の受診のついでに親御さんが肌の相談をされたり、その反対であったりと、一つの場所でご家族みんなのかかりつけになれることは、このクリニックの持ち味だと思っています。
―地域に開かれたクリニックであることを大切にされていると伺いました。どのような関わりがありますか。
稲葉:クリニックのすぐ近くには、障がいのある方が居る福祉施設が複数あり、そうした方々も通ってこられます。
車椅子で来院される方もいらっしゃいますし、この地域は、福祉に関わる方が身近に暮らす土地でもあります。
医療機関として、どなたにとっても入りやすい場所でありたいと思っています。
体の不調を相談できる場所が、特定の誰かだけのものであってはいけません。
地域に暮らす誰もが、気がねなく足を運べる。
そうした場所であり続けることも、地域に根ざすクリニックの役割の一つだと考えています。
*5:2026年5月インタビュー時点、いなばクリニック調べ
幅を広げすぎず、一つひとつに。地域の「気軽に相談できる窓口」として

―この先、力を入れていきたいことについてお聞かせください。
稲葉:これまでは、できるだけ数多くの診療に応えようと、走り続けてきました。
ですがこれからは、稼働そのものを少し抑えていこうと考えています。
診療科を減らすということではなく、休診日を増やし、診療時間も短くしていくということです。
診療する時間を欲張りすぎないようにすることで、スタッフ一人ひとりに余力が生まれ、目の前の患者さんに、より丁寧に向き合えるようになります。
数を多くこなすことよりも、無駄を省いて、一日にしかできないことに力を注いでいく。
長く、無理なく続けられる診療の形へと、少しずつ舵を切っているところです。
スタッフ一人ひとりが気持ちよく働ける環境を整えていくことも、これから取り組んでいきたいことの一つです。
―診療において、ご自身の役割をどのように捉えていらっしゃいますか。
稲葉:当院でできることは当院で行い、対応が難しいことは、ふさわしい医療機関へおつなぎする。
そうした、地域の方にとっての気軽に相談できる窓口でありたいと考えています。
いわば、地域医療のゲートキーパーのような役割です。
体に何か不調を感じたとき、まずは気軽に相談してもらえる。
そのうえで、ここで対応できることはここで、専門的な治療が必要であれば、適した場所へとご案内する。
複数の科を併せ持ち、幅広く診られるからこそ、その入り口の役割を果たせるのだと思っています。

―最後に、受診を迷っている地域の方へ、メッセージをお願いします。
稲葉:体のことでも、肌や見た目のことでも、何かしら気にかかることを抱えている方は、少なくないように思います。
ただ、きっかけや情報がなく、相談できないままになっていることも多いのではないでしょうか。
普段の受診のついででかまいませんので、気になることがあれば、どうかお気軽に声をかけてください。
それを受けて実際にどうするかは、もちろんご本人が決めることです。
私たちは、考えられる方法や選択肢をお伝えし、その方が納得して選べるようにお手伝いします。
体に気になることがあったとき、まず気がねなく頼れる場所であり続けたいと思っています。
稲葉院長の言葉の端々から伝わってきたのは、患者の体を診療科ごとに切り分けるのではなく、一人の人の体として、そのつながりのなかで診ようとする姿勢だった。
鼻の症状と肌の不調、保険診療と自費診療、そして赤ちゃんから80代を超える高齢者まで。
本来なら別々に扱われがちなものを、稲葉院長は「横割り」という発想で一つにつないでいた。
その根にあるのは、「やりなさい」「来なさい」とは決して言わず、最後は患者さん自身が選べるようにするという、押し付けのない向き合い方である。
医療用レーザーに可能性を見出し、診療科の垣根を越えて地域の暮らしに寄り添ってきた稲葉院長だからこそ、たどり着いた診療の形なのだろう。
「地域医療のゲートキーパー」。
アレルギーや肌の悩みが、誰にとっても身近なものになっている。
そうしたなかで、いなばクリニックは、体に気がかりを抱えた人がまず気がねなく相談できる場所であろうとしている。
そしてその先で、ここでできることはここで、難しいことはふさわしい場所へと、一人ひとりの選択に寄り添っていく。
診療科の枠を越え、地域の皆さんの相談窓口として。
世代を問わず誰もが頼れるその姿は、これからも多くの人の暮らしを静かに支えていくはずだ。
いなばクリニックについて

| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| クリニック名 | いなばクリニック |
| 院長 | 稲葉 岳也(いなば たけや) |
| クリニック紹介 | 2004年開院。耳鼻咽喉科・皮膚科・美容皮膚科・形成外科・美容外科・アレルギー科・呼吸器内科などを併せ持つ。アレルギー疾患の総合的な診療とレーザー治療を二つの柱に、乳児から高齢者まで幅広い世代が受診している。 |
| 所在地 |
〒233-0004 神奈川県横浜市港南区港南中央通13-24 |
| アクセス |
横浜市営地下鉄ブルーライン「港南中央駅」より徒歩1分 京急・市営地下鉄「上大岡駅」より徒歩8分 |
| 電話番号 |
045-840-0178(保険診療) 045-840-0170(美容診療) |
| 診療時間 |
月・火・金 9:30〜13:00/14:00〜17:00 水 9:30〜13:00(予約外来) 土 9:30〜13:00 休診:木・日・祝 |
| Webサイト | https://www.inabaclinic.jp/ |
| ご予約 | 一般外来は当日受付(水曜午前のみ予約外来)。美容診療は完全予約制。 |