「メリットもデメリットもきちんと提示し、患者さんが迷っているときは『今日はしないほうがいい』とお伝えします。営業トークはしません。そんな”当たり前”の診察をしています」
そう語るのは、東京都中央区銀座にあるTRUE.ginzaの岩田勇児院長だ。
岩田院長は、聖路加国際病院の整形外科で研鑽を積み、整形外科専門医を取得したのちに美容医療の道へ進んだ。
掲げるのは、「誠実に寄り添い〜追求する」という診療理念。
クリニック名の「TRUE(真)」は、その思いを一語に込めたものだという。
白と黒を基調とした院内には、子どものころから絵に親しんだ岩田院長の美意識が映る。
知識や技術のアップデートを怠らず、求められていない施術は勧めない。
医療者として本来当たり前に思える姿勢を、淡々と貫いている。
華やかさが語られがちな美容医療の世界で、岩田院長が見つめているのは、効率や話題性とは対極にある誠実さと、「自分はなぜここにいるのか」という問いだ。
整形外科で研鑽を積んだ専門医が、美容医療の現場で何を考え、どこへ向かおうとしているのか。
岩田院長に話を聞いた。
クリニック名「TRUE」に込めたエビデンスへの想い

―まず、クリニック名の「TRUE」に込めた意味から教えてください。
岩田:誠実に患者さんへ寄り添い、エビデンスに沿った美容医療を提供して、その人に合った本物の美を追求したい。
そうした思いを、「TRUE(真)」という言葉に込めました。
共に歩み、美しく歳を重ねていける場所でありたいと考えています。
―「エビデンスに沿う」という言葉を大切にされている印象です。
岩田:美容医療に関する情報は、出どころがあいまいなまま広がってしまうことが少なくありません。
だからこそ、根拠のある情報をもとに、メリットとデメリットを正直にお伝えすることを大切にしています。
求められていないものは勧めない。
当たり前のことに思えるかもしれませんが、その姿勢を貫くことが、私にとっての出発点です。
絵が好きだった少年時代

―はじめから医師を志していたのではないと伺いました。
岩田:もともと医学部志望ではなく、将来の夢も漠然としていました。
中学2年生ごろまでは、進路相談で「美容師か美術大学へ進みたい」と書いていたほどです。
家族に自由な人が多く、姉のひとりは芸能の活動をしながら、美術大学の人たちと一緒に個展を開くほど絵が得意でした。
その影響もあって、絵は子どものころから好きで、得意なことを仕事にしたいと思っていました。
―学校の成績は、ずっと優秀だったのでしょうか。
岩田:いいえ、波がありました。
小学校4年生のころは成績がよく、塾でも上のクラスにいたのですが、高学年になるにつれて遊びのほうへ傾いてしまい、中学受験はうまくいきませんでした。
転機になったのは、厳格な父にこっぴどく叱られたことです。
それまで本気で机に向かったことがなかったのですが、中学2年生に上がって初めて、授業を集中して聞き、しっかり勉強してみました。
すると、学年で下のほうだった成績が、一気に上位に入りました。
そのとき学んだのは、周囲が求めることをクリアしたうえでなら、自分の主張も通るということでした。
教科書を開くと、知らないことを知れる楽しさがあって、物語を読むような感覚で、勉強そのものが好きになっていきました。
医師という選択肢に導かれる

―医師を目指す、最初のきっかけは何だったのでしょうか。
岩田:成績が安定してきたころ、担任の先生から「医学部を受けてみては」と勧められたことが最初のきっかけです。
両親も喜んでくれました。
ただ、医師の家系でもなかったので、大学に入ってからは「自分はここにいていいのか」という葛藤がありました。
大学1年のころに姉から個展に誘われ、一緒に絵を描いた時期もあります。
進路に迷いながら、絵に立ち返っていたのだと思います。
―大きな転機があったとうかがいました。
岩田:私を育ててくれたのは祖母でした。
姉たちはそれぞれの道を歩み、母も忙しかったので、祖母の家で過ごす時間が長く、いわゆるおばあちゃん子だったのです。
大学2年のとき、その祖母が亡くなりました。
ちょうど解剖実習が始まった時期で、私たちの班に託されたご献体は、ご高齢の女性でした。
実習の前には、なぜ献体をしてくださったのかをつづったお手紙をいただきます。
そうした巡り合わせのなかで祖母を見送り、あいまいな気持ちのまま医学に向き合ってはいけないと、心のスイッチが入りました。
そこからは本気で勉強し、3〜4年生のころには学年でも上位の成績になりました。
成績優秀者として奨学金をいただいたこともあります。
成長できる環境を求めて聖路加国際病院へ

―研修先に聖路加国際病院を選んだのは、どうしてですか。
岩田:学びに本気になった延長で、難関とされる研修病院で学びたいと考えたからです。
私たちの頃は、聖路加国際病院をはじめ、いくつかの病院が研修先として評判を集めていました。
難関のひとつで研鑽を積みたい、という気持ちで飛び込みました。
―どのような研修生活でしたか。
岩田:ふり返ると、古き良き、厳しい研鑽の日々でした。
休みは年にごくわずかで、朝早くから深夜まで病院で過ごす生活です。
正直、当時はつらかったですし、家にもなかなか帰れませんでした。
けれど、その厳しさを求めて入ったのは自分自身です。
先輩方、同期の皆が本当に優秀で、入ってすぐは打ちのめされました。
悔し涙を流して帰った日もあります。
先生方をはじめ、鍛えられた日々への感謝は忘れていません。
聖路加に集まる人たちは、優秀でありながら、人としても寛容な方が多かった。
当院を開業してからもお付き合いは続いています。
整形外科に在籍していた8年間で、教育に対するBest Teacher賞をいただいたこともありました。
チーフレジデントに就任、整形外科専門医を取得

―研修の途中で、形成外科やがん研有明病院にも学びに行かれています。
岩田:整形外科を基本としながら、重い外傷を扱う際には、骨だけでなく皮膚まで自分で再建できるようになりたいと考えていました。
そこで、形成外科の先生方にお願いして院内で研修を受けさせてもらい、がん研有明病院では骨や軟部の腫瘍について学びました。
整形外科と形成外科、どちらの先生方ともご縁があって、横断的に学べたことは財産になっています。
―聖路加時代に務めた「チーフレジデント」という立場についても教えてください。
岩田:若手をまとめる役回りです。
聖路加では大学病院の教授にあたる立場が部長で、その下に医局員、研修医などの若手がいます。
チーフレジデントは、こうした若手のまとめ役なのですが、この制度は、チーフレジデントである若い医師に一定の裁量をゆだねる点に特徴があります。
私のときも、手術室のスケジュール調整から、麻酔科との交渉、研修医の教育、当番の差配まで、実務の多くを担いました。
夜中に連絡があり、手術へ進むなど重要な判断することも多々ありました。
若いうちに現場を回す責任を負うことで、大きく成長できたと感じています。
―その後、整形外科専門医を取得されました。
岩田:2019年に整形外科専門医を取得しました。
三次救急で運ばれてくる重い外傷の再建に携わり、夜中でも呼び出されて手術室へ向かう日々が続きました。
自分が救わなければ、という使命感でアドレナリンが出るような毎日で、とてもやりがいを感じていました。
ただ、その働き方をずっと続けるのは難しいとも感じていました。
美容医療の世界へーー悩んだセカンドキャリア

―整形外科から美容医療分野への転身には、どのような経緯があったのでしょうか。
岩田:専門医を取得したあと、次の進路として2つの選択肢を考えました。
ひとつは、形成外科の専門医を取りに行く道です。
ただ、ちょうど私の世代の頃から制度が変わり、専門医を2つ続けて取ることが難しくなりました。
2つ目の専門医を取るには、3年目に戻って研修を受け直すことが必要になり、私がその道に進んだ場合、臨床に戻るころには30代半ばになる計算で、体力面でも迷いがありました。
もうひとつは大学院で博士号を取り、傷の研究をする道です。
某大学病院の形成外科から内定もいただいていたのですが、研究に専念すると生活を支えるのが難しく、最終的にはこちらも見送りました。
そんなとき、知人の先生から「手先が器用で造形も得意なのだから、美容医療が合うのでは」と勧められました。
私はもともと絵が好きだったこともあり、手術の内容を手書きした図やデッサンを手術室に貼って、それを見ながら手を動かしていました。
それを見ていた先生が向いていると言ってくださったことで、それまで頭になかった美容医療が、初めて自分の選択肢に入りました。
大手美容外科の院長を経て独立

―最初は大手美容外科で経験を積まれたそうですね。
岩田:はい。当時の自分にとって美容医療は遠い世界で、整形外科を離れる決断には大きな葛藤がありました。
実際に飛び込んでみると、しっかりとした手術に取り組む先生も多く、見方が変わっていきました。
2021年には大手美容外科で銀座院の院長を任され、美容医療の現場と経営の両方を学びました。
その頃に始めたのが、SNSで論文を紹介したり、自分でスライドを作って情報を発信したりする取り組みです。
不確かなものも含めて膨大な情報があふれ、拡散していく時代にあって、情報の質を大切にしたいという思いからでした。
当時はそうした発信をする人は少なく、地道に続けるうちに、私を指名してくださる患者さんが少しずつ増えていきました。
―その後、2023年に独立されます。
岩田:独立前には、予約が埋まって患者さんを長くお待たせしてしまうことが増えていました。
私は人を待たせることが性に合わず、利益を追求することも苦手な性格です。
それなら自分の診療を一から組み立てようと独立を決め、開いたのがTRUE.ginzaです。
開業当時から理念は変わらず、目の前の一人ひとりに向き合える規模で続けています。
無理に勧めない、迷っているなら今日はしないーー”当たり前”を徹底

―診療で大切にしていることは何ですか。
岩田:丁寧にカウンセリングをして、お話をうかがい、求められる範囲のなかで提案をする。
治療にはそれぞれメリットとデメリットがあることを正直にお伝えする。
こうしたごく当たり前のことを積み重ねているだけです。
必要のない施術を無理に売り込むようなことはしませんし、患者さんが迷っているときは「今日はしないほうがいい」とお伝えします。
結果、施術せずに診察が終わることも多く、診察時間分の代金としてカウンセリング料(自由診療・税込5,500円)を設けているのはこのためです。
―得意とする領域について教えてください。
岩田:美容全体の相談も受けますし、施術で多いのはボツリヌストキシンやヒアルロン酸などの注入です(※1)。
フェイスラインや表情に合わせて、注入で整える施術に多く取り組んできました。
はじめは注入を希望して来院され、診療姿勢に満足や共感していただいたうえで、手術などほかの施術へ進む方が多い印象です。
※1:同院の施術はすべて自由診療で、内出血や腫れ、左右差などのリスク・副作用が生じる場合があります。
白と黒、そしてくすんだ青 ―― 視覚への美意識

―院内は白と黒、そして青で統一されていますね。
岩田:私はモノトーンが好きで、子どものころから色を見ると目や頭が疲れてしまうところがあります。
とはいえ、院内をモノトーンだけにすると雰囲気が暗くなってしまうので、白と黒以外の色として、グレーがかった、少しくすんだ青をソファなどに採り入れています。
空間そのものを、私自身が落ち着けるかたちに整えたいという思いがあります。
カウンセリングルームに飾っている青い絵は、私が描いたものです。
―ご自宅にも、絵を飾られているとか。
岩田:引っ越したときに、家を美術館のようにしたいと思い、自作の絵を飾りました。
千住博さんの『ウォーターフォール』という、壁一面に滝が落ちる絵が好きで、2メートル四方ほどの板を特注して、自分なりに真似て描きました。
これは白黒の絵なのですが、子どもの頃、私に絵に関する影響を与えた姉は色彩豊かな絵を描くので、私とはちょうど対照的です。
―院長にとって、絵を描くことはどんな意味を持つのでしょうか。
岩田:不思議なもので、気持ちが沈んでいるときや、自分の存在が揺らいだときほど、絵に向かいたくなります。
自分の手で何かを生み出せることを確かめたくなるのだと思います。
描く頻度は少なくなりましたが、表現したいという気持ちは、形を変えて残っています。
ワイン、料理、そして「考える」ということ

―ワインや料理に関する発信もされています。
岩田:ワインの生産者を紹介するような内容を、動画で発信しています。
料理も好きで、パスタのレシピなどを写真とともに紹介しています。
興味を持ったことを、真面目に淡々と深掘りしていくのが性に合っているようです。
それらの発信では名前や職業を書いていないのですが、関心を持ってくださることがいつか医師としての私にもつながれば、という思いもあります。
―音楽やものづくりへの関心も強いそうですね。
岩田:思春期に最初に夢中になったのは音楽でした。
ロックから始まり、エモ、ダンスミュージックなど、いろいろとさかのぼって聴き込んでいた時期があります。
配信プラットフォームなど便利な仕組みが広がるなかで、作り手の姿が見えにくくなり、だんだんと熱心に追いかけるのをやめてしまいました。
便利さはありがたい一方で、人が考える力や手間を手放してしまう怖さもある。
だからこそ、ゼロから何かを生み出すこと、その人にしかできない表現にこそ価値があると思っています。
整いすぎたものより、人の手による少しの歪みやいびつさにこそ心が動く。
効率の先に、自分は何をしたいのかを問い続けることが、これからはいっそう大切になると感じています。
エビデンスのある情報を届けたい

―外科系の専門医として、美容医療という分野をどう見ていますか。
岩田:情報があふれる時代だからこそ、話題性だけでなく、発信の中身を見極めることが大切だと考えています。
インパクトのある情報や聞こえの良い情報に比べて、エビデンスのある正しい情報ほど広がりにくい難しさはありますが、誠実に発信を続けることで、必要な方にきちんと届けたい。
美容医療界では真面目に取り組む医師同士の横のつながりも生まれていて、勉強会などで率直に話せる関係ができてきました。
明るい兆しを感じています。
―学術の場での活動も広がっているとうかがいました。
岩田:学会のシンポジウムに登壇したり、執筆の依頼をいただいたりと、学術や臨床研究の場での役割が少しずつ増えています。
次の世代の礎になれたら、という気持ちが芽生えています。
存在意義を自問しながら、研究や論文にも打ち込む

―整形外科から美容へと進まれたキャリアをふり返って思うことを聞かせてください。
岩田:美容医療は、存在意義を探すことから始まる領域だと感じています。
一般の医療は、どんな場面でも誰かのためになる。
一方で美容は、人生のなかの選択のひとつです。
人の命を救いたいという使命感や、目の前で病気や怪我に苦しむ患者さんに向かって夢中で取り組むダイナミックさは、一般診療にこそあると思います。
そうした世界に悔いがないかと言われれば、正直、考えることはあります。
けれど、いざ一般診療に戻れば、隣の芝が青く見えて、創造的に自分の美的感覚を生かす美容医療の仕事を懐かしむ自分も目に浮かぶ。
結局はないものねだりするのが人間で、自問自答を続けるのが私の性分なのだと思います。
―今後の展望を聞かせてください。
岩田:診療の理念は、これからも変えませんし、クリニックを大きくするつもりもありません。
規模は拡大しませんが、発信の中身を磨いて、より広く届くようにしたいと考えています。
美容医療に関して、最初の選択でつまずいてしまった患者さんにも、もう少し手を伸ばせたら、という気持ちも強くなってきました。
そして、自分が美容医療の世界に何を残せるのかと考えたときに、論文や臨床研究といった、形に残るものに力を注いでいきたいという思いがあります。
読者へ ―― あふれる情報を、自分で見極める

―最後に、クリニック選びに迷う読者へメッセージをお願いします。
岩田:まず、この記事をここまで読んでくださった方なら、適切な判断ができるはずです。
情報へアクセスすること自体は、とても簡単になりました。
だからこそ、これからはあふれる情報のなかから、質を見極める力が求められます。
流行しているから、話題になっているから、という理由だけで選ぶのではなく、発信している人が本当に信頼できるのかを、批判的に確かめてほしい。
私の言うことも、疑っていただいてかまいません。
そのうえで、たくさん調べて、確かめてから判断していただけたらと思います。
大切なことこそ、一度立ち止まって、自分の頭で考えてみてください。
銀座の美容医療クリニックというと、華やかなイメージで捉えられがちだ。
だが岩田院長の口から出てくるのは、効率や話題性とは対極にある、地道さと誠実さ、そして「答のない問いを追い続ける」という静かな覚悟だった。
聖路加国際病院で研鑽を積んだ整形外科専門医としての矜持と、色や絵ににじむ繊細な美意識をあわせ持ちながら、自らの存在意義を問い続ける。
一人の時間は内面世界に潜り、内省や思索に耽ることが多いというその姿に、美容医療という分野のもう一つの奥行きを見た思いがした。
TRUE.ginzaについて

| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| クリニック名 | TRUE.ginza |
| 院長 | 岩田 勇児(いわた ゆうじ) |
| クリニック紹介 | 2023年開設。「誠実に寄り添い、エビデンスに沿う美容医療を提供し、個々に合う本物の美を追求する」という理念のもと、ボツリヌストキシンやヒアルロン酸などの注入を中心に、手術、肌の治療、点滴・処方、ドクターズコスメ、アートメイクまで対応する。整形外科専門医である院長が、丁寧なカウンセリングを通じて一人ひとりに向き合い、必要のない施術を勧めない診療を大切にしている。 |
| 所在地 |
〒104-0061 東京都中央区銀座2-11-15 SF銀座ビル6階 |
| アクセス |
東京メトロ 銀座線・日比谷線・丸ノ内線「銀座駅」A13出口より徒歩4分 東京メトロ 日比谷線「東銀座駅」A2出口より徒歩3分 東京メトロ 有楽町線「銀座一丁目駅」11出口より徒歩3分 都営浅草線「東銀座駅」A7出口(押上方面)・A8出口(西馬込方面)より徒歩3分 JR 山手線・京浜東北線「有楽町駅」中央口より徒歩8分 |
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