「AI時代」に問われる医師の真価。決して代替できないその役割とは。公益財団法人日本医療機能評価機構30年の軌跡と未来

「AI時代」に問われる医師の真価。決して代替できないその役割とは。公益財団法人日本医療機能評価機構30年の軌跡と未来

日本の医療の質を、誰が、どのように担保しているのか。その問いに30年以上向き合い続けてきた組織がある。

公益財団法人日本医療機能評価機構」。

全国の病院を第三者の立場で評価し、医療の質の向上を支援する、日本における医療評価の総本山とも言える存在だ。かつて「医療の質を評価する」という概念すら希薄だった日本において、その必要性を説き、抵抗勢力と戦い、現在の仕組みを作り上げた人物がいる。

河北博文理事長。

「医者はこれから半減させなければならない」

「AIの方が人間より優しく寄り添える時代が来るかもしれない」。

力強い言葉の裏にあるのは、徹底したリアリズムと、医療という営みへの深い洞察だ。

誰もがチャットボットで医療情報を得られるようになった今、医師の役割はどう変わるのか。そして、私たちはどのように「良い医療」を見極めればよいのか。

日本の医療の質を問い続けてきた開拓者が語る、2050年を見据えた医療の未来図。

公益財団法人日本医療機能評価機構
河北 博文
河北 博文
理事長
1977年シカゴ大学大学院修了。1981年の帰国後、米国の病院評価機関(JCAH)の仕組みを日本に導入すべく奔走。1995年に日本医療機能評価機構を設立。以来、日本の医療機能評価の第一人者として、病院機能評価事業のみならず、産科医療補償制度、EBM医療情報事業(Minds)など多岐にわたる事業を牽引。社会医療法人河北医療財団理事長も務め、地域医療の現場と制度設計の両面から日本の医療改革を推進している。

AIがすべてを教えてくれる時代。それでも残る「医師の仕事」とは

―医療機関を選ぶ際、これまでは口コミや評判が頼りでした。これからの時代、患者はどのように医療を評価し、選んでいけばよいのでしょうか。

河北:結論から言えば、これからは誰でも簡単に医療を評価できるようになります。

極端な話、AIに聞けばいいのです。

今の生成AIなどの進化は凄まじいものがあります。

自分の症状や、病院の公表データ、あるいは治療実績などを入力して「この病院はどうですか」「この治療法は適切ですか」と聞けば、AIが世界中の膨大なデータに基づいて、極めて分かりやすく、的確な答えを教えてくれる時代がもうすぐそこまで来ています。

専門家でなくとも、医療の良し悪しがある程度判断できるようになる。

これは患者さんや市民の皆さんにとって、非常に喜ばしいことだと私は思っています。

日本医療機能評価機構 河北博文理事長
日本医療機能評価機構 河北博文理事長

しかし、ここで一つ重要な問題が残ります。

AIは知識を与え、選択肢を提示してくれますが、「最終的な選択」まではしてくれません。

最後にどの治療を選ぶのか、その決断を下すのは患者さん自身であり、その決断を支え、結果に責任を持つのが医師の役割です。

あと数年もすれば、医学的な知識の提供や説明に関しては、AIの方が人間よりも遥かに上手に行うようになるでしょう。

彼らは疲れませんし、常に最新のデータを持ち、決して感情的になって患者さんを否定することもありません。

「AIは冷たい」などというのは昔の話で、これからのAIは人間以上に優しく寄り添うこともできるようになるでしょう。

そうなった時、人間の医師に残される仕事とは何か。

それは「責任を取る」ことです。

AIは責任を取れません。

だからこそ、AIを使いこなしながらも、最終的な選択を行い、その結果に対して全責任を負う。

それこそが、これからの時代に求められる「人間としての医師」の唯一にして最大の役割なのだと思います。

―医療における責任とは、どういったものなのでしょうか。

河北:医療の責任には3つの種類があります。

一つ目は「結果責任(Responsibility)」

これは分かりやすいのではないかと思います。

治療を行った結果、患者さんが治ったのか、あるいはどのような状態になったのかという結果に対する責任です。

今は単に「病気が治った」というだけでなく、その過程で患者さんに寄り添えたかどうかも含めた結果が問われます。

二つ目は「説明責任(Accountability)」

患者さんやそのご家族に対し、病状や治療方針について十分に説明し、納得していただいたかという責任です。

そして三つ目。これが最も難しく、かつ重要なのですが、「不作為の責任(Nonfeasance)」です。

やるべき医療、行うべき処置を行わなかったことに対する責任です。

「何もしなかった」ことが罪になる、あるいは責任を問われる。

この三つの責任を自覚し、全うすること。

AIがどれだけ進化しても、この重圧を引き受けることができるのは、生身の人間である医師だけなのです。

活動の原点。シカゴで見た「患者中心」の衝撃

―先生はなぜこれほどまでに「医療の質」や「評価」というテーマに情熱を注いでこられたのでしょうか。

河北:私の原点は、やはり1970年代後半から米国に留学した、シカゴ大学大学院での体験に尽きます。

私が医学部を卒業したのは1977年ですが、ちょうどその頃、日本でもようやく「医療は医師のためではなく、患者さんのためのものではないか」という議論が芽生え始めていました。

当時、日本医師会長だった武見太郎先生という有名な人が、「病院とはいったい何なんだろう」と問いかけ始めた時期でもあります。

本来あるべき医療の姿とは何なのか。

河北病院はそれを実現しているのか。

そうした本質的な問いが、なんとなく議論の俎上に載り始めた時代に、私は答えを求めてアメリカへ渡ったのです。

活動の原点は、シカゴ大学への留学だった
活動の原点は、シカゴ大学大学院への留学だった

そこで見た光景は、日本とはまるで別世界でした。

何より衝撃だったのが、「ジョイント・コミッション(Joint Commission on Accreditation of Hospitals)」という第三者機関による病院評価が機能していたことです。

外部の専門家が病院に入り込み、「この手術の手順は正しいか」「カルテの記載は適切か」と、厳しくチェックしている。

日本では聖域とされていた医療現場に、第三者の目が入っているのです。

「なぜ、そこまでするのか」と現地の医師に聞くと、彼らは平然とこう答えました。

「だって、自分たちだけでやっていたら、間違いに気づけないだろう?患者さんのためにベストを尽くすなら、評価されるのは当たり前じゃないか」と。

「医療は医師のためのものではなく、患者さんのためのものだ」。

頭では分かっていたつもりでしたが、それをシステムとして具現化している社会がここにある。

私は確信しました。

「これを日本に持ち帰らなければ、日本の医療に未来はない」と。

そこから私の、いや、日本の医療評価の長い長い旅が始まったのです。

1981年に帰国した時、私はまさに「異端」でした。

しかし、あのシカゴで見た患者中心の景色が、私を突き動かし続けたのです。

13年の闘争を経て。「ピアーレビュー(相互評価)」を日本へ

―帰国後、その「仕組み」を作るまでに13年かかっています。なぜそれほどの時間がかかったのでしょうか。

河北:猛烈な反対があったからです。

私が「病院を評価する仕組みを作ろう」と言い出した時、日本の医療界の反応は冷ややかなものでした。

日本医師会をはじめとする医療界の重鎮たちは、総じて反対の立場でした。

厚生省(当時)も、医師会の意向を無視してまでは動けない。

相互評価を取り入れた機構設立までの道のりは、決して簡単なものではなかった
相互評価を取り入れた機構設立までの道のりは、決して簡単なものではなかった

しかし、私は諦めませんでした。

なぜなら、歴史を知っていたからです。

100年以上前、1910年代のアメリカ・ボストンに、アーネスト・エーモリ・コッドマン(Ernest Amory Codman)という外科医がいました。

彼はある日、同僚たちにこう提案しました。

「私の手術が本当に患者さんのためになっているのか、私の手術を評価してほしい。」と。

結果、彼は猛反発に遭い、病院を追い出され、最後は精神科病院で亡くなり、無名の墓に埋葬されました。

しかし、彼の死後、米国外科学会に投稿された彼の論文を分析した医師たちが「コッドマンの言っていたことは正しい」と気づき、それが後のジョイント・コミッション設立につながったのです。

私はシカゴでこの歴史を学び、「新しいことを始めるのは、決して簡単な道のりではない」と知っていました。

そして、13年間かけて、日本医師会の会長や厚生省の役人たちを一人ひとり説得して回りました。

「医療の質を担保することは、結果として医師を守ることにもなる」「患者さんからの信頼を得るためには不可欠だ」と。

ロビー活動の末、ようやく設立にこぎつけたのが1995年です。

設立当初はまさに茨の道でしたが、今では特定機能病院には受診が義務化されるまでになりました。

評価機構の真髄。「プロセス」を見る理由

―日本医療機能評価機構では、具体的に病院の何を評価しているのでしょうか。

河北:私たちが重視しているのは「プロセス(診療の過程)」の評価です。

そもそも医療の質には、アベディス・ドナベディアン(Avedis Donabedian)という学者が提唱した3つの評価軸があります。

「ストラクチャー(構造)」「プロセス(過程)」「アウトカム(結果)」です。

「アウトカム」は、「治ったかどうか」という結果です。

しかし、結果だけで評価するのは、医療の不確実性を考えると難しい面がありますし、裁判にもなりやすい。

一方で、「ストラクチャー」は、建物や人員配置といった構造のことで、これも大切ですが、器だけ良くても良い医療とは限りません。

そこで私たちは、「良い結果を生むためには、正しいプロセスが必要である」という考えに基づき、診療の過程が適切に行われているかを数百の項目でチェックしています。

例えば、手術前の確認手順、薬剤の管理方法、カルテの記載内容、感染対策の手順などです。

これらが正しく機能していれば、自ずと医療事故は減り、医療の質は向上するはずだという考え方です。

このプロセス評価の手法を日本に定着させたことが、機構の最大の功績の一つだと自負しています。

相互評価を取り入れた機構設立までの道のりは、決して簡単なものではなかった
相互評価を取り入れた機構設立までの道のりは、決して簡単なものではなかった

―現在、認定されている病院はどれくらいあるのでしょうか。

河北:現在、日本の病院は約8,000あります。

そのうち、機構の審査を受けられるレベルにある病院はおよそ3,000。

そして実際に認定を受けているのが約2,200です。

逆に言えば、残りの約5,000の病院は、審査すら受けられない、あるいは受けようとしない病院だということです。

なぜ受けないのか。

そこには、「見られることへの不安」があるのかもしれません。

自分たちの診療プロセスを第三者に開示し、評価されることに対して、どうしても二の足を踏んでしまう。

「粗探しをされるのではないか」と恐れているのです。

私たちは決して粗探しをしているわけではありません。

改善すべき点を指摘し、良くなるための支援をするのが目的です。

ですから、良くしていこうという意思のある病院に対しては、積極的に支援を行うということもしています。

しかし、それでも「人に見られたくない」と思ってしまう。

もちろん、受診には費用も手間もかかります。

それでも受診する病院は、「患者さんのために質を上げたい」「透明性を確保したい」という覚悟を持っていると言えます。

「プロセスを公開し、第三者の厳しい目でチェックを受けている」という事実こそが、その病院の信頼の証なのです。

「個人の責任」から「システムの改善」へ――医療事故防止と産科医療補償制度

―日本医療機能評価機構は、病院の評価以外にどのような活動をされているのですか。

河北:病院評価以外にも極めて重要な事業をいくつも行っています。

その一つが「医療事故防止事業」です。

人間である以上、ミスは必ず起こります。

かつては、医療事故が起きると「誰がやったんだ」「たるんでいるからだ」と、個人の責任を追及する傾向が強かった。

しかし、それでは事故はなくなりませんし、むしろ隠蔽を助長してしまいます。

私たちは、全国の医療機関から報告されるヒヤリ・ハット事例や事故事例を年間数万件収集し、徹底的に分析して共有しています。

「なぜ間違えたのか」「どういう仕組みにすれば防げるのか」。

個人の責任ではなく、システムの欠陥として捉え、共有知にする。

失敗から学び、同じ過ちを繰り返さないためのインフラ作りです。

もう一つ、独自の取り組みとして「産科医療補償制度」があります。

これも非常に画期的な制度です。

分娩時の予期せぬトラブルで児が低酸素状態になり、お子さんが重度脳性麻痺となってしまった場合、ご本人とご家族に対し、過失の有無を問わず補償を行うものです。

この制度ができる前は、どうだったかご存知ですか。

過失を証明しなければ補償が受けられなかったため、ご家族は病院を訴えるしかなかったのです。

10年も裁判で争い、その間、疲弊しきってしまう。病院側も防衛的になり、お産を扱うのをやめてしまう。

まさに負の連鎖でした。

それを「無過失補償」にすることで、迅速にご家族を救済し、経済的な支援を行う

そして何より重要なのは、すべての事例について第三者機関が原因分析を行うことです。

「なぜこうなったのか」を医学的に検証し、再発防止策として提言する。

2009年の開始以来、補償対象件数は累計4,000件を超えました(2023年時点)。

これは単なる救済制度ではなく、日本の周産期医療の質を向上させるための巨大な学習システムなのです。

評価以外にも様々な事業を行っている
評価以外にも様々な事業を行っている

「Minds(マインズ)」という事業もあります。

2002年に開始し、現在400以上の疾患に関する診療ガイドラインをその学会とともに収集・評価し、公開しています。

しかし、ただガイドラインを並べるだけでは不十分です。

今、私たちが直面している課題は、医療の「縦割り」です。

日本の医療は専門医別に細分化されており、ガイドラインも疾患ごとに作られていますが、人間の体はつながっています。

例えば、高血圧一つとっても、これは単一の病気ではなく、様々な原因が絡み合う症候群です。

心臓由来のものもあれば、腎臓由来のものもある。

発生機序が違えば、そこからつながる別の病気も異なります。

これまでの縦割り医療では、この横のつながりが見えにくかった。

そこで私たちは今、AIを使ってこの400の疾患ガイドラインを横や斜めにつなぎ合わせ、巨大なアルゴリズムを作ろうとしています。

膨大な情報を統合し、診断につなげていく作業は、AIが最も得意とする領域です。

世界的な潮流も、この統合に向かっています。

Mindsは単なる資料庫ではなく、日本の医療の質を底上げし、医師の診断を支える「知のインフラ」へと進化しようとしているのです。

取材協力:河北総合病院 図書室 文献はデータ化、保存されている
取材協力:河北総合病院 図書室 文献はデータ化、保存されている

医療の「トリレンマ」と、「フリーアクセス」の是非

―これから患者として医療機関を選ぶ際、どのような視点を持つべきでしょうか。

河北:皆さんにはぜひ、「医療のトリレンマ」という言葉を覚えておいていただきたい。

トリレンマとは、3つの要素が同時には成り立たないジレンマのことです。

医療においては、「質(Quality)」「コスト(Cost)」「アクセス(Access)」の3つです。

この3つを同時に満たすことは、原理的に不可能なのです。

例えば、「最高の質の医療」を、「誰でもいつでも(フリーアクセス)」、「安く(低コスト)」提供しようとするとどうなるか。

どこかに無理が生じます。

質を高めればコストは上がります。

コストを下げようとすれば、質が落ちるか、アクセスを制限せざるを得ません。

今の日本は、この3つをすべて成立させようとして、現場に過度な負担がかかり、歪みが生じている状態です。

特に、「フリーアクセス」は見直すべき時期に来ていると考えています。

「いつでも、どこでも、誰でも、好きな病院にかかれる」。

これは日本の医療の良いところだとされてきましたが、裏を返せば、医療資源の浪費でもあります。

軽症の患者さんが、いきなり高度な大学病院に押し寄せる。

あるいは、あちこちの病院をはしごして、同じような検査を繰り返す。

これでは、本当に高度な医療が必要な重症の患者さんに、手が回らなくなってしまいます。

これからの時代、質の高い医療を持続させるためには、「適正なアクセス」が必要です。

患者さんが自分の判断で勝手に大病院に行くのではなく、一定のルールを持って受診する。

そのために不可欠なのが、「家庭医」の存在です。

―家庭医を持つことが、なぜ重要なのでしょうか。

河北:家庭医とは、あなたの健康状態や価値観を理解し、全体を診てくれる「医師」です。

何かあったらまずその先生に相談する。

そして、その先生が「これは専門的な治療が必要だ」と判断した場合にのみ、紹介状を持って適切な病院に行く。

これが「適正なアクセス」です。

こうすることで、病院は重症患者の治療に専念でき、医療全体の効率も質も上がります。

読者の皆さんには、ぜひ信頼できる家庭医を見つけていただきたい。

「何かあったらあそこに行けばいい」という信頼感は、何物にも代えがたいものです。

良い家庭医を見つけることは、あなた自身の人生を守ることにもつながるのです。

2050年の医療を見据えて――「点」から「面」へ、そして「統合」へ

日本医療機能評価機構 河北博文理事長
日本医療機能評価機構 河北博文理事長

―これからの日本の医療提供体制は、どのように変わっていくべきだとお考えですか。

河北:衝撃的なことを言うようですが、これからは「医師の数を半減」させ、「病院を統合」しなければなりません。

人口減少社会において、患者さんが減っていく地域に、これまで通りの数の医師や病院を置いておくことは不可能です。

患者さんがいないのに医師がいても、技術は維持できませんし、経営も成り立ちません。

今ある400床、500床規模の病院を2つ、3つと統合し、一つの強固な基幹病院にする。

その代わり、地域には高度な診断能力、2次救急機能を持つクリニック(高度診断センター)を残し、日常的な医療や救急の入り口をカバーする。

病院を減らすというと「医療崩壊だ」と騒がれますが、そうではありません。

質の低い、機能していない病院を残すことの方がよほど無駄です。

中途半端な病院が乱立する「点」の医療から、地域全体で機能を分担し連携する「面」の医療へと転換しなければなりません。

私が理事長を務める河北総合病院も、杉並区という地域において、急性期医療だけでなく、リハビリ病院、在宅ケア、健診センターなどを展開し、地域の診療所の先生方とネットワークを結ぶことで、「面」での医療を提供してきました。

これをさらに進め、質を3次元、時間を加えた4次元で捉え、切れ目のない医療を提供していくことが必要です。

―医学教育について、取り組んでいらっしゃることはありますか。

河北:これからの医師には、知識以上に「実践力」と「対話力」が求められます。

知識はAIが補ってくれますから。

そこで私たちは、医師国家試験のCBT化(コンピュータを使った試験)の研究を進めています。

これまでの紙の試験のような知識偏重ではなく、動画や音声を使って、実際の患者さんの診察に近い状況で判断させる試験です。

例えば、動画で患者さんの歩き方や神経反射の様子を見て、「どのような所見か」「何が疑われるか」を答える。

「見る・聞く・触る」という診察の基本ができ、患者さんの表情や言葉から文脈を読み取れる医師。

AIにはできない「人間力」を持った医師を育てなければ、これからの医療は成り立ちません。

医学部の定員も減らすべきです。

その代わり、臨床実習を徹底的に充実させ、卒業時には即戦力として、そして一人の人間として患者さんと向き合える医師を送り出す。

量より質の時代への転換です。

医療提供のweb化も不可欠です。

取材協力:河北総合病院 実習室 医療技術を練習・習得するための設備が整っている
取材協力:河北総合病院 実習室 医療技術を練習・習得するための設備が整っている

本物を見極める「目」を生んだ、教育の原点

―これからの医師の教育について伺いましたが、理事長ご自身はどのような環境で育ち、その「質」を追求する姿勢、医師としての核を作られたのでしょうか。

河北:物心ついた時には、将来が決まっていました。

私は河北総合病院を営む家の長男として生まれました。

幼稚園の時にはすでに、「自分はこの病院の跡取りになるんだ」と思い込んでいましたし、周囲も、特に母がそう育てたのです。

母はいわゆる教育ママであり、直接「継げ」とは言いませんでしたが、3人兄弟の中で私だけは別格の扱いでした。

「お前は特別なんだ、将来ここを背負うんだ」という無言の期待の中で育ちました。

幼少期から「病院を継ぐ」という未来を描いていた
幼少期から「病院を継ぐ」という未来を描いていた

中学時代には何人も家庭教師をつけられました。

中でも強烈に覚えているのが、当時東大の教授だった広瀬先生という英語の先生です。

先生は私にこう言いました。

「辞書は引くものじゃない、読むものだ」と。

ある言葉を調べたら、文脈に最も合う例文を探して読み込みなさいと教え込まれました。

ある時、「クラシック(classic)」という単語について聞かれました。

私が「古典ですよね」と答えると、「なぜ古典なのか考えろ」と言うのです。

先生曰く、クラシックとは「歴史を超え、国境を越えて価値を認められたもの」、つまり「第一級品」のことだと。

実際に辞書を見ると、形容詞の一番最初に「第一級の」と書いてある。

この「本物、第一級品を見極める」という視点は、後の私の人生観、そして今の評価機構の活動にも通じる原点になっています。

取材場所:河北総合病院 待合スペースにカフェがある
取材場所:河北総合病院 待合スペースにカフェがある

―その後、シカゴ大学大学院へ留学されますが、そこでの学びが現在の活動にどう繋がっているのでしょうか。

河北:私にとって、シカゴでの経験は、母と並んで「今の私を作ったもう一人の親」と言えるほど決定的なものでした。

当時のシカゴには、アメリカ医師会(AMA)やアメリカ病院協会(AHA)、そして評価機構のモデルとなったJCAHなど、医療の重要団体の本部がすべて集まっていました。

私はそれらを一つひとつ訪ね歩き、アメリカの医療がどのように組織され、運営されているのか、その構造を徹底的に学びました。

そこで痛感したのは、医療には核(コア)が必要だということです。

単に良い医者がいる、良い設備があるというだけでは足りない。

組織として「何を大切にするか」という確固たる核があり、それを維持・向上させるためのシステムがあって初めて、第一級の医療が提供できるのだと。

私の祖父や父は東大出身で、その繋がりもあり、河北総合病院には設立当初から「大学病院に匹敵するような質の高い医療を行う」という核がありました。

しかし、それを個人の資質に頼るのではなく、客観的なシステムとして保障しなければならない。

シカゴで学んだのは、まさにその「質のガバナンス」のあり方でした。

この時の学びが、帰国後の評価機構の設立、そして現在の病院運営のすべてに繋がっているのです。

―最後に、読者の皆様へメッセージをお願いします。

河北:医療は今、大きな転換点にあります。

AIの台頭、人口減少、財政の逼迫。

しかし、どんなに技術が進歩しても、医療の本質は「人と人との関わり」であり、「祈り」に近い願いです。

当機構の役割は、その医療が科学的で適正であるかを評価し、支えること。

そして、新しい時代の医療文化をデザインすることです。

読者の皆さんには、ぜひ「賢い患者」になっていただきたい。

情報を鵜呑みにせず、AIも活用しながら、しかし最後は「人」を見て選んでください。

「見られたくない」と情報を隠す医療機関ではなく、自らを開示し、評価を受け、改善し続けようとする医療機関を選んでください。

そして、あなた自身の健康と人生に責任を持ってくれる「家庭医」を見つけてください。

私たちが評価し、認定したマークは、そのための確かな目印になるはずです。

30年かけて築き上げたこの「信頼の基盤」を、これからは皆さんが活用し、育てていく番です。

しかし、あなたの健康はあなたの責任であることを忘れてはいけません。

医療の質を決めるのは、最終的には、医療を受ける皆さんの「目」なのですから。

取材に協力をいただいた河北総合病院1階に飾られている、田村 能里子氏『季の輝き』の前で
取材に協力をいただいた河北総合病院1階に飾られている、田村 能里子氏『季の輝き』の前で
インタビューを終えて

「医者は多すぎる」「病院は統合すべきだ」。

河北理事長の口から飛び出す言葉に驚いた読者もいるかもしれない。しかしその真意は、日本の医療を持続可能なものにし、真に患者のためになるシステムを残したいという強烈な使命感にある。「コッドマンの夢」を日本で実現するために、43年もの間、孤軍奮闘し、あらゆる抵抗と戦い抜いたエネルギーは、今もまったく衰えていない。
「AIに使われるのではなく、AIを使いこなし、責任を取る主体であること」。

これは医師だけでなく、あらゆる職業人に突きつけられた課題だろう。
評価機構が掲げる「認定」のマーク。それは単なるラベルではなく、医療者たちが「自分たちの医療を良くしたい」と願い、第三者の目に自らを晒す勇気を持った証なのだ。

次に病院を訪れる時、その入り口に認定証があるかどうか、探してみてほしい。そこには、見えないところで質と信頼を守ろうとする、医療人たちのプライドが込められているはずだ。

日本医療機能評価機構について

公益財団法人日本医療機能評価機構
項目 詳細
名称 公益財団法人 日本医療機能評価機構
理事長 河北 博文(かわきた ひろぶみ)
設立 1995年(平成7年)7月27日
事業内容 ・病院機能評価事業
・教育研修事業
・認定病院患者安全推進事業(PSP)
・産科医療補償制度運営事業
・EBM医療情報事業(Minds)
・医療事故防止事業
・医療の質向上のための体制整備事業(QI)
など
所在地 〒101-0061
東京都千代田区神田三崎町1-4-17 東洋ビル
電話番号 03-5217-2320
Webサイト https://jcqhc.or.jp/
インタビューした人
加藤俊
加藤俊
株式会社Sacco 代表取締役
株式会社Sacco代表取締役。一般社団法人100年経営研究機構参与。一般社団法人SHOEHORN理事。株式会社東洋経済新報社ビジネスプロモーション局兼務。週刊誌・月刊誌のライターを経て2015年Saccoを起業。 連載:日経MJ・日本経済新聞電子版『老舗リブランディング』、週刊エコノミスト 『SDGs最前線』、日本経済新聞電子版『長寿企業の研究』