美容クリニックは夢を売る場所――フェイスリフトの先駆者、サフォクリニック院長が貫く傷跡への執念、サロン型クリニックでの満足度の提供

美容クリニックは夢を売る場所――フェイスリフトの先駆者、サフォクリニック院長が貫く傷跡への執念、サロン型クリニックでの満足度の提供

「美容クリニックは夢を売る場所。だからこそ、手術を終えた患者様を、綺麗な包み紙にリボンをかけて社会へお返ししたい」。

六本木のサフォクリニック・白壁征夫院長が語るこの美しくも重みのある哲学の背後には、親子二代、実に80年という長きにわたり積み上げられてきた「傷跡」への執念がある。

物語の起源は、かつて九州大学の「第一外科の白壁」として、腹部の盲腸手術で傷跡をいかに美しく閉じるのではなく、いかに小さく目立たない傷跡にするかという点で広くその名を知られた創業者・白壁武弥医師の時代にまで遡る。同氏が大阪に白壁病院を開業したのは戦前のこと。まだ美容医療という概念すら定着していなかった日本において、その技術は、職業上「体に傷跡を残すことが許されない」女性たちの間で、密かな、しかし確かな希望となっていった。

時は下り1980年代、息子である白壁征夫医師は、ニューヨークの高級会員制美容サロンに着想を得て、東京・六本木に「サロン型クリニック」を構える。それは、「暗く、隠れて行く場所」であった日本の美容外科のイメージを根本から覆すべく、医療技術の枠を超え、患者の自尊心と誇りを回復するための挑戦であった。

昨今、SNSでは美容医療をめぐって「即日施術可能」や「コスパ」「タイパ」を重視する投稿が目立ち、情報の氾濫によって「正しい医療の選択」が困難になっている。サフォクリニックはそんな時代にあって、決して手軽なスピードに流されることなく、一例一例に1時間近くという時間をかけ、徹底したカウンセリングと外科手術を貫いている。

半世紀以上にわたり日本の美容医療の第一線でメスを握り続け、世界的な権威ある賞を受賞した「生ける伝説」といわれる白壁院長。美しく生きようと願うすべての人が、決して後悔しないために知っておくべき「誠実な美容医療のあり方」を語ってくれた。

医療法人社団 白壁会 サフォクリニック
白壁 征夫
白壁 征夫
理事長・院長
国際美容形成外科学会教授。元福岡大学医学形成外科部臨床教授。日本美容外科学会元会長、日本臨床形成美容外科医会元会長など数々の要職を歴任。
親子二代にわたる外科医の家系に生まれ、父・白壁武弥氏から形成外科および美容外科の揺るぎない基礎を徹底的に叩き込まれる。さらに美容師免許も併せ持つという独自の経歴と感性を活かし、1980年代には当時の日本の病院の常識を覆す「サロン型クリニック」のスタイルを確立。
1986年には、東洋人の骨格と肌質に合わせた画期的なフェイスリフト術式「白壁式SMAS三角弁法(Double Triangle)」を発表し、米国美容外科学会において「ウォルター・スコット・ブラウン賞」を受賞(AESTHETIC SOCIETY NEWS)。その術式は世界の教科書に引用され、普遍的な技術として広く普及している。
現在も毎朝のトレーニングを欠かさず、現役の医師としてメスを握る傍ら、後進の育成と、日本の美容医療の国際的な地位向上に注力する。
六本木5丁目のサフォクリニック外観
六本木5丁目のサフォクリニック外観

父は九大の「第一外科の白壁」。身体を見せる職業の女性たちが広めた傷跡の美しさ

―サフォクリニックの歴史を紐解くと、戦前に開業したお父様の代にまで遡ります。白壁院長にとって、医療の原点となった風景とはどのようなものだったのでしょうか。

白壁:父武弥は、戦前の1940年に大阪の地で「外科白壁病院」を開業しました。

彼はもともと九州大学の第一外科という、当時非常に格式高く厳しい医局で長年研鑽を積んでいた生粋の外科医です。父はそこで「第一外科の白壁」として名を馳せていました。

その理由は、外科手術における縫合技術、つまり「切開した傷跡を、いかに美しく閉じるか」という点において、周囲の医師たちが目を見張るほどの腕を持っていたからです。

戦後間もない日本には、まだ「美容外科」という言葉も一般には定着しておらず、日々の命を繋ぐことだけで精一杯の時代でした。

しかし、そんな時代であっても、父の元には全国からある特定の、そして不思議な客層が集まってくるようになったのです。

それは、ショーなどの舞台の上で身体を見せることの多い、身体に傷を付けられない職業の女性たちでした。

彼女たちは巡業で全国の劇場を回っていましたが、仕事柄、どこかで不慮の怪我をしたり、あるいは盲腸などの手術が必要になったりすることがあります。

そんな時、彼女たちは自身の商売道具である身体を守るため、口コミで情報を共有し合っていたのです。

父の縫合技術は口コミで広まり、彼女たちは遠方からでも父を頼ってやって来ました。

―「傷跡を残さない」という切実な生存戦略からのニーズが、結果的に日本の美容外科の礎の一つになったのですね。

白壁:その通りです。

父は、そうして遠くから訪ねてくる患者様たちのことを「ご病客様」と呼んでいました。

単に病気や怪我の治療対象として診るのではなく、わざわざ足を運んでくださった大切なゲストとしてお迎えし、心も癒やして社会へお返しするというプロ意識を持っていたのです。

戦後の物資が何もない、食べることに必死だった時代に、父はすでにアメリカから当時の麻酔器や医療設備を大金をつぎ込んで導入しようとしていました。

「人を美しくして、もう一度社会の表舞台へとお返しする」という使命感、そして職人としての外科医の矜持。

それは、幼い頃からその真剣勝負の背中を見て育った私の血肉に、深く、そして濃く刻み込まれています。

「夢を売る場所」に相応しいサロン型クリニック
「夢を売る場所」に相応しいサロン型クリニック

「美容クリニックは夢を売る場所」。美容師免許を持つ白壁院長が築いた、おもてなしの原点

―1980年代、白壁院長が東京の恵比寿へ進出された際、「サロン型クリニック」というスタイルを打ち出されました。これは当時の日本社会において、衝撃的な試みだったのではないでしょうか。

白壁:衝撃だったと思いますし、同業の医師たちからは奇異な目で見られたこともありました。

1980年代当時の日本の美容外科といえば、まだ「暗い」「隠れて行く場所」「親からもらった顔にメスを入れるなんて」という偏見が非常に強かった時代です。

クリニックも目立たない雑居ビルに看板を出さずに入っていたり、患者様が裏口からコソコソと入っていったりという状況が当たり前でした。

私は医学博士のほかに、美容師免許も取得しています。それは、髪型や化粧で人を魅力的に見せる「表面の美」と、メスで骨格や組織を整える「構造の美」は、決して切り離せない地続きのものだと考えたからです。

私がクリニックの空間作りの着想を得たのは、ニューヨークで一斉を風靡した『ケネス・サロン』のような、洗練された高級会員制サロンでした。

そこでは、世界中のセレブリティが自分の美しさを磨き、人生を謳歌するために、堂々と誇りを持って通っていた。

社交界の中心として、食事をするためだけに通う人もいたほどです。

対して、当時の日本の病院といえば、冷たい白いタイルに青白い蛍光灯、ツンとした消毒液の匂いが漂う、無機質で緊張を強いる空間ばかりでした。

しかし、美容外科へ来る患者様は、病気を治しに来るのではなく、より輝く自分という「夢」を買いに来るはずです。

例えば、高級デパートで一生モノの素晴らしいジュエリーを買ったとしましょう。

店員がそれを無造作に、丸めた新聞紙で包んで「はい、どうぞ」と手渡してきたら、どう思いますか?

たとえ中身が本物で素晴らしいものであったとしても、とても悲しい気持ちになりますよね。

「私たちは、手術という高度な医療技術を提供している。だからこそ、その結果を綺麗な包み紙で包み、そこに美しい一筋のリボンをかけて患者様にお返ししなければならない」。

これが私の、そしてサフォクリニックの哲学なのです。

ですから、当院の医師やスタッフは、患者様に威圧感を与える可能性のある白衣を着ません。

一流ホテルのようなコンシェルジュが笑顔で迎え入れ、ふかふかの絨毯を歩き、他の患者様と顔を合わせないようプライバシーを徹底的に守る動線を設計しました。

美容医療への心理的ハードルを下げ、「ここに来ること自体が自分への投資であり、誇りである」と感じていただく。

そのホスピタリティのすべてが、患者様の心を整え、治療の結果を高めることが期待できる重要なサービスの一部なのです。

ウォルター・スコット・ブラウン賞はじめ、数々の賞状が技術力を裏付ける
ウォルター・スコット・ブラウン賞はじめ、数々の賞状が技術力を裏付ける

世界が認めた「白壁式SMAS三角弁法」。東洋人の肌質に合わせたフェイスリフトの革命

―白壁院長の代名詞であり、1986年に米国のウォルター・スコット・ブラウン賞を受賞された「SMAS三角弁法(Double Triangle)」。この画期的な術式が世界のフェイスリフトに与えた影響は計り知れません。開発の背景を教えてください。

白壁:かつてのフェイスリフトの手術は、主に欧米で発達した技術をそのまま日本人に適用し、単に「表面の皮膚を強く引っ張り、余った分をハサミで切って縫い合わせるだけ」の手法、スキンリフトが主流でした。

しかし、これではすぐに皮膚が伸びて、後戻りしてしまいます。

それどころか、皮膚だけに極めて強い張力がかかるため、耳たぶが下に引っ張られて変形する「ピクシーイヤー(妖精の耳)」になったり、口元が不自然に突っ張った「いかにも手術をしました」という顔になったり、何より耳の前の切開線(傷跡)が横に幅広く広がって目立ってしまうという、深刻な欠点がありました。

特に日本人は欧米人に比べ、皮膚が厚くて重く、皮下脂肪も多い。

さらに体質的に傷跡が残りやすいという性質を持っています。

ずっしりと重い顔の組織を、一番表面の薄い皮膚の力だけで支えようとするのは、解剖学的に見てそもそも無理があったのです。

―そこで、皮膚の下にある「土台」の操作が必要不可欠になったのですね。

白壁:その通りです。

家を建てる時の基礎工事や、地盤改良と全く同じ理屈です。

皮膚の奥深くにある土台、「表在性筋膜(SMAS)」に着目し、これを三角弁の形として切り出します。

そして、余分な組織をただ切り捨てるのではなく、立体的に上方向へと再配置して、耳の後ろなどの非常に強固な靱帯や骨膜付近にしっかりと縫い付けて固定するのです。

これにより、表面の皮膚への負担に配慮しながら、組織の構造に着目したアプローチにより、フェイスラインを整える効果が期待できます。

皮膚を引っ張らないので、傷跡も非常に細い一本の線になります。

この「白壁式SMAS三角弁法」は現在、アジア人の美容外科手術における「標準治療」として、海外の多くの医学教科書に引用されています(Aesthetic Plastic Surgery in Asians: Principles and Techniques(Thieme / CRC Press発行))(Global Rhinoplasty: A Multicultural Approach(Thieme Medical Publishers 発行))。

しかし、私が最も誇りに思っているのは、これが「白壁だけができる秘伝の魔法」として囲い込まれたのではなく、「誰もが論理的に学び、再現できる普遍的な外科技術」として世界中の医師に広まったことです。

日本の美容外科の技術レベルを世界基準へと押し上げ、一人でも多くの患者様を救いたい。

これは、国際美容外科学会教授として教育に携わる立場としても、父から「外科医としての誠実さ」を教えられた者としても、当然の使命だと思っています。

フェイスリフトは術後最短4日で外出可能に
フェイスリフトは術後最短4日で外出可能に

術後4日で外出を可能にする、ダウンタイムへの徹底した配慮

―美容外科手術、特に本格的なフェイスリフトというと「術後の腫れや内出血が数週間から1ヶ月は続く」「痛々しい姿になる」というイメージがありますが、サフォクリニックではその常識も覆されていますね。

白壁:美容医療を受けるにあたって、患者様が恐怖を感じ、ためらう大きな理由のひとつが「術後のダウンタイム(回復期間)」です。

仕事やご家族との時間など、大切な社会生活への影響を最小限にしたいというのは、当然の願いです。

当院では、手術が終わった直後、まだ患者様が手術台の上にいらっしゃる段階で、看護師が丁寧にシャンプーをして髪についた血液や消毒液を洗い流し、ドライヤーで綺麗に整えます。

これには明確な二つの医学的・心理的な意味があります。

一つは、術部の清潔を保ち頭皮の血流を促すことで、感染症のリスクを抑え、傷の回復を早めること。

そしてもう一つは、患者様が麻酔から目覚めた時、鏡を見て「ああ、私は痛々しい病人ではない、希望していた自分の姿に近付いたんだ」と、高揚感と満足感を持っていただくためです。

顔全体を厚い包帯でぐるぐる巻きにし、血を抜くためのドレーン(管)を首から挿しっぱなしにして帰宅させるような、患者様に多大な心理的・肉体的負担を強いる古い手法は、当院ではおこなっていません。

また、縫合技術にも独自の工夫を凝らしています。

私が取り入れた「ヘモスタティック(止血)外糸法」は高級な革ソファのボタン留めの原理を応用したもので、剥離した皮膚の下のデッドスペース(空洞)を、皮膚の外側から特殊な糸で一時的にキルティングのように圧迫して縫い閉じることで、術後の出血や血腫(血の塊)、そして腫れを抑え込みます。

これにより、4〜5時間かかる本格的なフルフェイスリフトであっても、術後4日程度で大きな腫れが引き、マスクや目元のメイクをしてサングラス程度で外出することが十分に可能になります。

社会復帰をいかに早めるか。そのための技術研鑽に妥協しないことは、私たち医師が果たすべき患者様への「誠実さ」の表れなのです。

自信や自尊心を取り戻してほしいと語る白壁院長
自信や自尊心を取り戻してほしいと語る白壁院長

術後の女性が若者から手渡されたポケットティッシュ。外見の変化が「自信」へと繋がった瞬間

―白壁院長が半世紀にわたりメスを握り続けてきた中で、患者様との忘れられないエピソードを教えていただけますか。

白壁:ある女性患者様のことは、今でも鮮明に覚えています。

彼女は加齢による顔の深刻なたるみや深いシワに強いコンプレックスを抱き、いつしか友人と会うことも、外出することさえも億劫になっていました。

「もう年だから仕方ない」「今さら外見を気にしても」と自分に言い聞かせながらも、心の中では社会から切り離されていくような、沈んでいく毎日を送っていらしたんです。

そんな彼女が、何度も迷った末に勇気を出して当院でフェイスリフトの手術を受けられました。

それから数日後の検診の日、診察室のドアを開けた彼女は、以前とは別人のように弾むような足取りで入ってこられました。

そして、輝くような笑顔でこう言ったのです。

「先生、聞いて! 今日、新宿の街を歩いていたらね、知らない若い男の子から『お姉さん、どうぞ』って、ポケットティッシュを手渡されたのよ!」

―街頭でのティッシュ配りですか。それが彼女にとって、それほどまでに大きな出来事だったのですね。

白壁:そうなんです。それまでの彼女は、下を向いて街を歩いていても、誰の目にも留まらない、誰からも認識されない、まるで自分が透明人間になってしまったかのような深い寂しさを感じていたようです。

ところが、見ず知らずの若者からティッシュを差し出された。

ただそれだけのことで、「私はまだ、一人の女性としてこの社会の中に確かに存在している。若々しく、魅力的に見られているんだ」という実感が、彼女の枯れかけていた自尊心と自己肯定感を満たしたわけです。

その日を境に、彼女の服装は黒や茶色からパッと明るい色に変わり、声のトーンも、人生に対する姿勢も見違えるほど前向きで活動的になりました。

美容外科医としての真の喜びは、手術室で解剖学的に正しく整え終わった瞬間ではありません。

メスによる外見の変化が「自信」という内面の強烈な光に変わり、その方の人生の景色が、まるでモノクロからフルカラーへと劇的に明るく変わったのを見た時です

私たちは、単に顔のシワやたるみを取っているわけではありません。

その方の「止まってしまった人生の時間」を、再び力強く動かすお手伝いをしているのだと、その女性の笑顔を見るたびに襟を正す思いがします。

サロン型クリニックを標榜するサフォクリニック院内
サロン型クリニックを標榜するサフォクリニック院内

後悔しないクリニック選びには、即日手術を避け、自ら比較し見極めて

―昨今の美容医療ブームの一方で、安易な広告に釣られたり、十分な説明がないまま手術を受けたりして後悔するトラブルも後を絶ちません。患者様が取り返しのつかない後悔をしないためには、何を基準にクリニックを選ぶべきでしょうか。

白壁:今、私が美容医療業界に対して警鐘を鳴らしたいのは「即日手術」の横行です。

無料カウンセリングと称して来院させ、その日のうちに契約を迫り、考える隙を与えずにそのまま手術室へ連れて行く。

これは、患者様の人生を背負う医療としてあってはならない姿です。

サフォクリニックでは、初診から手術日まで、最低でも1週間の期間を設けています

これは、手術に必要な血液検査などの結果を待つという、適切な手術をおこなうための医学的な理由だけでなく、何より患者様の心理的なクーリングオフを促すためです。

その場の高揚感や、カウンセラーの巧みなセールストークだけで決断するのではなく、一度ご自宅へ帰り、日常の生活に戻って冷静になってから「本当にこの手術は、これからの自分の人生にプラスになるのか」を深く熟考していただきたい。

一生を共にする自分の体を預けるのですから、慎重すぎるということは決してありません。

―白壁先生の「比較した上でクリニックを選んでほしい」という考え方も印象的です。

白壁:その通りです。

洋服や車を買う時、一軒の店だけで即決する人は少ないでしょう。

自分の顔や体ならなおさらです。

面倒でも、最低でも2〜3軒のクリニックを回り、直接医師の意見を比較してください。

同じ悩みであっても、医師によって提案する術式のアプローチも、リスクに対する考え方も、美意識の基準も、そして何より医療として大切にしている哲学が全く異なります。

「この先生になら、自分の外見のデザインを任せられる」と、心から納得できるパートナーを、ご自身の目と耳で厳しく見極める勇気を持ってください。

また、当院では何でもかんでも引き受けて、自院の利益を優先するようなことはありません。

診察の結果、私にできない範囲のことや、あるいはより適した専門医(例えば骨切りの専門医や皮膚科の専門医など)がいると判断した場合は、迷わず信頼できる他院の医師をご紹介します。

自分の技術を正しく知り、患者様にとっての最善は何かを常に第一に考えること。

これこそが、父の代から80年以上受け継いできた白壁の家系の伝統であり、何にも代えがたい誇りなのです。

インタビューを終えて

白壁院長の話から、美容医療の本質的な価値は、単なる「外見の修正」を超えた、「自尊心の回復」にあることを教えられた。

サフォクリニックが守り続けているのは、親子二代、80年以上にわたって磨き上げられた「傷跡への執念」と「誠実な医療」という火そのものだ。

白壁院長は現在、後進に向け、自身の集大成となる著書を執筆中だという。(2026年4月のインタビュー時点)

情報の海で溺れそうになる現代だからこそ、華やかな広告に惑わされず、自ら話を聞き、複数の視点を持って「選ぶ責任」を持つこと。

御年82歳のレジェンドと呼ばれる白壁院長の、静かだが力強い言葉は、美しく生きようとする人にとって、暗闇を照らす灯火となるだろう。

医療法人社団 白壁会 サフォクリニックについて

医療法人社団 白壁会 サフォクリニックについて
項目 詳細
クリニック名 医療法人社団 白壁会 サフォクリニック
理事長 白壁 征夫(しらかべ ゆきお)
クリニック紹介 1980年代から日本の美容医療界を牽引し、病院の無機質なイメージを覆す「サロン型クリニック」を先駆的に確立。一例あたり4〜5時間をかける本格的なフェイスリフト(白壁式SMAS三角弁法)をはじめ、丁寧なカウンセリングと卓越した外科技術で、一人ひとりの患者様の人生と誇りに深く寄り添う美容医療を提供している。
所在地 〒106-0032
東京都港区六本木5-17-16 B1
診療時間 10:00~18:00(日曜休診)
Webサイト https://www.sapho-clinic.com/
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インタビューした人
富井友樹
富井友樹
ライター
クリニックや医療機関を中心に、取材・執筆を多数担当。国指定難病の当事者としての経験を背景に、さまざまな困難や生きづらさを抱える人に寄り添う視点を信条としている。