出産や加齢がもたらす悩みに対し、根本的なケアを。銀座あゆみクリニックが挑む婦人科形成・デリケートゾーン医療の最前線
出産は、女性にとって身体に大きなダメージを残す。
しかし、日本の産科医療では母子の命を救うことが優先される場合があるため、無事に出産を終えた後の女性の身体のケアについては見過ごされがちだ。
また、加齢に伴うデリケートゾーンの萎縮や乾燥の痛みなども、多くの女性が誰にも相談できず一人で我慢を強いられている現状がある。
こうした医療の狭間で置き去りにされてきた悩みに正面から向き合うのが、東京都中央区銀座にある銀座あゆみクリニックの増田あゆみ院長だ。
これまでに婦人科形成の分野で累計1万件以上のオペを執刀してきた実績を持ち、同院としても、特定の再生医療等提供計画(子宮内膜下間葉系幹細胞を用いた治療)において厚生労働省から受理されている。
命の現場である産婦人科で過酷な現実に直面してきた増田院長だが、なぜ銀座で自由診療のクリニックを開業するに至ったのか。
一人の医師として患者の人生に最後まで寄り添い続けるための確固たる信念とその歩みに迫る。
出産は見過ごされてきた女性の大きなダメージ
―まずは、銀座あゆみクリニックがどのような理念を掲げ、どのような患者様と日々向き合っているのかを教えてください。
増田:当院の最大の理念は、「女性の笑顔を増やすこと」です。

女性の笑顔というのは、ご自身だけでなく、ご家族やパートナー、周囲の大切な人たちへと波紋のように広がっていく力を持っていると私は考えています。
その笑顔の波紋が、やがて世界中を幸せにしていく。
とても壮大な話に聞こえるかもしれませんが、私は本気でそう信じているのです。
実際に、当院のドアを叩く患者様の中には、長年の深い悩みを抱え、泣きながら診察室に入ってこられる方も少なくありません。
そうした方々が、治療を終えてクリニックを出ていくときには、本来の明るい笑顔を取り戻している。
そんな場所であり続けることが、私たちの使命だと考えています。
具体的にどのような悩みに向き合っているかと言いますと、一番多いのはやはり、産後のダメージや、加齢に伴うデリケートな部分の変化に関するものです。
日本の産科医療の技術は世界トップクラスであり、母子ともに無事に出産を終える救命率は極めて高い水準を誇っています。
赤ちゃんが元気に生まれ、お母さんの命も守られる。
これは本当に素晴らしいことであり、産婦人科医の先生方の血のにじむような努力の賜物です。
しかし、その命を守るという最大のミッションが達成された後、お母さんの身体に残されたダメージのケアにまで手が回っているかというと、決してそうとは言えません。
膣壁や骨盤底筋群は引き伸ばされ、裂傷を伴うこともあり、骨盤内の臓器は本来の位置から大きく下がってしまいます。
産後に尿もれに悩まされたり、入浴時にお湯が入ってしまったり、あるいは子宮や膀胱、直腸などが下がってくる骨盤臓器下垂(ひどくなると脱出する場合もある)のような症状に苦しんだりする女性は非常に多いのです。

―命に別条がないからこそ、産後のケアが後回しにされてしまっているという現状があるのでしょうか。
増田:大学病院や総合病院の産婦人科は、緊急のお産や婦人科がんの治療など、日々命とのせめぎ合いの最前線に立っています。
次から次へと救急の患者様が運ばれてくる中で、「尿もれが気になる」「デリケートゾーンの形が変わって違和感がある」といった、直ちに命に関わらない悩みに対して、十分な時間を割いて外科的なケアを行うことは現実的に極めて困難なのです。
その結果どうなるかというと、多くの女性が「産後だから仕方ない」「命があるだけでありがたいと思わなければ」と自分に言い聞かせ、誰にも言えない不快感や痛みを一人で抱え込むことになります。
これは産後に限りません。
加齢によって女性ホルモンが低下すると、膣粘膜が萎縮して乾燥し、神経過敏になってくる。
そうすると、触ったり歩いたりすることすら痛みを感じるようになる方もいらっしゃいます。
しかし、命に関わらなければ我慢し続けていいのかというと、絶対にそんなことはありません。
日常生活の質(QOL)は著しく低下し、女性としての自信を失い、ふさぎ込んでしまう方もいらっしゃいます。
保険診療の枠組みの中で、忙殺される勤務医時代にはどうしても手が届かなかったこの隙間を埋め、女性が本来の輝きと尊厳を取り戻すための根本的なケアを提供したい。
それが、私が自由診療という道を選び、このクリニックを立ち上げた最大の理由です。
累計オペ1万件超。デリケートな悩みを改善に導く再生医療の可能性
―これまで婦人科形成の分野で1万件以上ものオペを執刀されてきたそうですが、どういったケースに対応されているのでしょうか。
増田:ありがたいことに、全国から多くの患者様にご来院いただいております。
婦人科形成という分野は、非常に繊細な技術と経験が求められます。
表面的な形を整えるだけでなく、排泄や生殖といった極めて重要な機能にも注意を払うべき関わる部位だからです。

当院には、深部の組織に関わる高度な技術を要する症状でお悩みの方や、過去の治療で満足のいく結果が得られず修正を希望される方が多くいらっしゃいます。
私は大学病院で外科的な手技を徹底的に叩き込まれ、その後も美容外科と婦人科の領域を横断して経験を積んできました。
そのため、表面の皮膚だけでなく、その奥にある筋膜や筋肉の層までアプローチし、機能的な改善と美しい仕上がりを両立させる手術を得意としています。
ただ、手術だけで全ての悩みが解決するわけではありません。
近年、特に深刻になっているのが、組織の萎縮や菲薄化(薄くなること)によるトラブルです。
―組織の萎縮というのは、具体的にどのような原因で起こり、どのような症状を引き起こすのでしょうか。
増田:代表的な原因の一つは加齢による女性ホルモンの減少です。
更年期以降、女性ホルモンの分泌が減ると、デリケートゾーンの粘膜は弾力を失い、ペラペラに薄く、乾燥した状態になります。
これをGSM(閉経関連泌尿生殖器症候群)と呼びますが、下着が擦れるだけで激痛が走ったり、頻尿や繰り返す膀胱炎に悩まされたりします。
また、最近では若い女性の間でも、月経困難症の治療などで低用量ピルを長期間服用している方に、同様の萎縮症状が見られることが増えています。(2026年3月インタビュー時点)
ピルは非常に有用な薬ですが、長期間服用することで局所のホルモン状態が変化し、本来ふっくらしているはずの組織が萎縮してしまうケースがあるのです。
こうした組織そのものの衰えや質の低下に対しては、外科的に切ったり縫ったりするだけでは根本的な解決になりません。
そこで当院が力を入れているのが、再生医療です。

―貴院は、特定の再生医療等提供計画を厚生労働省に提出し、受理されたと伺っています。どのような治療なのか、詳しく教えていただけますか。
増田:再生医療と一口に言っても様々な種類がありますが、当院が厚生労働省に第二種再生医療等提供計画を提出し、受理されたのは「子宮内膜下間葉系幹細胞を用いた、デリケートゾーンの組織修復および機能改善を目的とした治療」です。
幹細胞は、様々な組織の細胞に変化したり、細胞の修復を促す物質を放出したりする能力を持っています。
一般的な再生医療では、お腹などの脂肪から幹細胞を採取することが多いのですが、私たちは子宮内膜下にある組織から採取した幹細胞に注目しました。
この強力な再生能力を秘めた幹細胞を培養し、萎縮やダメージのある部位に投与することで、細胞レベルでのエイジングケアや組織の再構築が期待できます。
この治療により、粘膜の潤いを保ち、長年悩まされていた乾燥や不快感、日常生活でのストレスを和らげる効果が期待できます。
また、この治療は不妊治療の分野でも大きな可能性を秘めています。
子宮内膜が薄いために受精卵が着床しにくいという悩みを持つ方に対して、この幹細胞を用いたアプローチが環境改善に寄与するのではないかと研究が進められています。
私自身、将来的にはこの技術が多くの不妊に悩むご夫婦の助けになればと強く願っており、今後も研究と臨床の両面で技術を磨き続けていくつもりです。

膣内は全身を映す鏡。健康診断としての役割と命の橋渡し
―デリケートゾーンのケアに特化している貴院ですが、そこから全身の健康状態が見えてくることもあるのでしょうか。
増田:私はよく「膣内は全身の健康状態を映し出す鏡である」と患者様にお伝えしています。
デリケートな部位の粘膜には、無数の毛細血管が張り巡らされています。
診察時にこの粘膜の色、潤い、毛細血管の走り方などを注意深く観察することで、全身の血流状態や、隠れた疾患のサインに気づくことができるのです。
非常に印象に残っているエピソードがあります。
ある日、20代の若い女性が「見た目が気になる」という美容的な目的でご来院されました。
ごく一般的な相談だったのですが、診察台に上がっていただき粘膜の状態を拝見した瞬間、私は強い違和感を覚えました。
粘膜の色が異常に悪く、血流が著しく滞っているサインが出ていたのです。
すぐに「最近、息切れがしたり、極端に疲れやすかったりしませんか」と尋ねると、「実は少し歩くだけで息が上がってしまって、ずっと体調が優れないんです」とおっしゃいました。
私は直感的に心臓や血管の重大なトラブルを疑い、すぐに提携している大きな病院の循環器内科へ紹介状を書きました。
後日、その病院から連絡があり、彼女は重度の心臓弁膜症であることが判明したのです。
もしあのまま放置していれば、命に関わる事態になっていたかもしれません。
美容目的の来院がきっかけで、重大な疾患の早期発見につながったこの経験は、私にとって、ただ見た目をきれいにするだけではない、医師としての観察眼の重要性を再認識する出来事でした。
当院は自由診療のクリニックではありますが、私は常にかかりつけ医としての意識を持って患者様と向き合っています。
特に若い女性にとって、大学病院や総合病院の婦人科は、敷居が高く行きづらい場所です。
「なんとなく調子が悪い」「ちょっと気になることがある」程度では、なかなか足を運べませんよね。
しかし、当院のようなクリニックであれば、美容やちょっとした悩みの相談という名目で、比較的気軽に足を運んでいただけます。
そこで私たちが果たすべき重要な役割の一つが、子宮頸がんなどの重大な疾患の早期発見のゲートキーパー(門番)になることです。
診察の際に少しでも怪しい病変を見つければ、すぐに適切な検査を行い、必要であれば専門の医療機関へ橋渡しをします。
自由診療だからこそ、患者様一人ひとりに十分な時間をかけ、じっくりとお話を聞き、全身の状態を観察することができる。
デリケートゾーンの悩みを入り口にして、女性の心身の健康をトータルで守り、必要な医療へと繋ぐ。
これこそが、当院が社会に提供できる大きな価値の一つだと自負しています。

難病患者との出会いと転機。20代半ばで決意した不眠不休の猛勉強
―先生の患者様への深い愛情と、医師としての強い責任感はどこから来ているのでしょうか。これまでの歩みについてお聞かせください。
増田:私はもともと、初めから医師を目指していたわけではありません。
20代半ばまでは、親族が経営する会社で働きながら、ごく普通の社会人生活を送っていました。
医師という職業を強烈に意識するようになったのは、あるボランティア活動での出会いがきっかけです。

私は当時、重い病気や障害を持つ方々をサポートする活動に参加していたのですが、そこで「脊髄小脳変性症」という難病を患う患者様とそのご家族に出会いました。
脊髄小脳変性症は、運動をつかさどる神経細胞が徐々に破壊され、やがて歩行や会話が困難になり、最終的には寝たきりになってしまう進行性の難病です。
私が担当した患者様も、日に日に進行していく症状の中で、言葉を失い、自力で動くこともできなくなっていきました。
ご家族は本当に献身的に介護をされていましたが、先の見えない不安と肉体的な疲労で、心身ともに限界を迎えているのが分かりました。
私はボランティアとして足を運び、お話を伺ったり、少しお手伝いをしたりすることはできましたが、医学的な知識も技術もない私には、病気の進行を食い止めることも、ご家族の根本的な苦しみを和らげることもできませんでした。
「もっと私にできることがあるはずなのに。医療の知識があれば、この方々の人生に違う形で寄り添えるのではないか」
その強烈な無力感と悔しさが、私の心を突き動かしました。
そして、20代半ばという年齢から、医学部を受験し直すという無謀とも言える決断をしたのです。
親族の会社を辞める時には、周囲から猛反対されました。
「今から医者になれるわけがない」「現実を見なさい」と。
しかし、一度決めたら後には引けない性格なので、全ての退路を断ち、文字通り命がけで勉強に取り組みました。
勉強期間中は、食事とトイレとわずかな睡眠時間以外、一日中机に向かっていました。
4~5日寝ずに勉強するのは当たり前。
プレッシャーと極度の睡眠不足で、精神的にも肉体的にも極限状態でした。
そんな過酷な日々の中で私の心を支えてくれたのは、心から尊敬していた祖母と、マザー・テレサの存在でした。
二人の写真を付箋にして、「今日はこの写真のページまでやったら寝よう」と自分を奮い立たせていたのです。
祖母のことは本当に尊敬していました。
一日中家事や掃除、ご飯作りをして、さらに祖父と一緒に現場に出て仕事をして、「この人はいつ休んでいるんだろう」と思うくらい、常に働いているような人でした。
だから、あの祖母が働いているのと同じくらいの時間、必死に勉強すれば、多分受かるだろう、と思って机に向かっていました。
そして、精神的な面での支えはマザー・テレサでした。
道端で倒れた人を「死を待つ人の家」に連れて行って体を洗い、「あなたは神様に守られた人ですよ」と声をかけて安らかな死を与えてあげる。
そうした活動を見聞きして、本当にすごい人だと心の底から尊敬していたのです。
あの時の、血を吐くような努力と、「絶対に医師になって、苦しむ人を救うんだ」という執念が、今でも私の医師としての根幹を支えています。

産婦人科での葛藤。命の現場で見出した美容の力と新たな道への決断
―医学部に合格された後のことについても教えていただけますか。
増田:医学部に入ってからは、とにかく学費と生活費を稼ぐために必死でした。
同級生たちが実家からの仕送りで勉強に専念している中、親族を頼ることを選択しなかった私は深夜までアルバイトをしていました。
塾の講師や飲食店の接客はもちろん、一時期はパチンコ台の組み立て工場でライン作業をしていたこともあります。
とにかく生きることに必死で、医師になるための切符を手にした以上、どんな苦労も耐え抜く覚悟でした。
最初は外科医に憧れていました。
学生時代に非常に尊敬する外科の教授がいて、その方の神業のような手術手技に魅了されていたのです。
しかし、私が卒業する直前にその教授が急逝されてしまって。
目標を失いかけていた時、もう一つ興味を持っていた、女性の一生に関わる医療、すなわち産婦人科の道へ進むことを決意しました。
産婦人科という現場は、文字通り生と死が常に隣り合わせの過酷な世界でした。
新しい命の誕生という圧倒的な喜びに触れる一方で、どうしようもない悲しみや絶望にも直面しなければなりません。
私にとって特につらかったのは、堕胎(人工妊娠中絶)の手術でした。
様々な事情で産むことができない女性たちの苦悩を間近で見ながら、小さな命を処置しなければならない。
医師としての使命とはいえ、手術のたびに心が削られるような精神的苦痛を感じていました。
また、手遅れの状態で見つかった子宮頸がんや卵巣がんの患者様に、「これ以上の治療は難しい」と宣告しなければならない時の虚無感も、言葉では言い表せません。
「もっと早くに見つけていれば」「どうしてここまで我慢してしまったのか」。
そんな思いを何度も噛み締めました。

―そうした過酷な現場で、現在の美容や婦人科形成に繋がる道をどのように見出されたのでしょうか。
増田:末期の婦人科がんを患い、抗がん剤治療を受けていたある女性患者様との出来事でした。
抗がん剤の副作用で髪は抜け落ち、肌はくすみ、体力も極限まで落ちていたその方は、生きる気力を失い、ベッドの上でただ天井を見つめる日々を送っていました。
私は回診のたびに胸を痛めていたのですが、ある日、ふと思いついて、ポケットに入っていた薄いピンク色のリップクリームを取り出しました。
「少しだけお化粧してみませんか」
そう声をかけて、彼女の乾燥した唇にそっとリップを塗ったのです。
すると、鏡を見た彼女の目に、パッと光が宿りました。
血色の良くなった自分の唇を見て、久しぶりにふっと微笑んでくれたのです。
その瞬間、私は雷に打たれたような衝撃を受けました。
「医療の力では彼女の命を救うことはもうできないかもしれない。
でも、ほんの少しでも美しさを取り戻すアプローチをするだけで、人の心はこれほどまでに救われ、尊厳を取り戻すことができるのか」と。
これが、私にとっての美容医療の原点です。
病気を治すこと、命を救うことだけが医療ではない。
女性が本来持っている輝きや美しさを取り戻すお手伝いをすることは、心に直接作用する立派な医療なのだと確信した瞬間でした。

―婦人科形成や自由診療の道へ進まれてからのことについても教えてください。
増田:産婦人科の保険診療の枠組みの中では、命を救うことが絶対的な優先事項です。
私がやりたいと感じた産後のデリケートゾーンの回復や女性のQOLを上げるための細やかな外科的ケアを現在の保険診療の枠組みの中でメインに行うには、多くのハードルが存在します。
「自分が本当にやりたいケア、女性たちが本当に必要としているケアを形にするには、何十年も待っていられない。それなら、自分でその場所を作るしかない」。
そう考え、私は産婦人科の医局を離れ、美容医療の世界へ飛び込む決断をしました。
一人の医師が最後まで責任を持つ。理想を追求し、銀座で独立した理由
―その後、大手美容クリニックに入職され、婦人科形成の部門を立ち上げられました。そこからなぜ、ご自身のクリニックを開業することになったのでしょうか。
増田:独立前に勤めていた大手美容クリニックでの経験は、私にとって非常に有意義で、かけがえのないものでした。
当時、まだ日本ではほとんど認知されていなかった「婦人科形成」という分野を、全国規模の巨大なクリニックで部門として立ち上げ、多くの後進の医師たちに技術を指導する機会を得ることができたからです。
新しいレーザー機器などにいち早く触れ、何千件という圧倒的な数の症例をハイスピードで経験できたことも、私の外科医としての技術を高めることにつながりました。
ただ、毎日数多くの手術をこなし、次々と新しい患者様と出会う充実した日々を送る中で、私の中に「もっと一人ひとりの患者様と、年単位、いや一生涯にわたって深く関わり続けたい」という思いが、抑えきれないほど強くなっていったのです。

大きな組織にいると、良くも悪くも分業化が進み、どうしても一期一会になりがちな部分があります。
しかし、医師としての私の信念は、「自分が一度でも関わった患者様には、その後の人生で何があっても、最後まで自分自身が責任を持ち続ける」というものでした。
もし手術後に「ちょっと違和感がある」と不安を口にされることがあれば、決して他の誰かに任せるのではなく、私が真正面から向き合い、その方が心から納得して笑顔になるまで徹底的に寄り添い続ける。
それが私にとっての本当の医療です。
女性の身体は、結婚や出産、更年期といったライフステージによって絶えず変化していくものですから、その場限りの関係ではなく、ずっとそばで伴走できる存在でありたい。
そんな私の理想とする血の通った医療を妥協のない形で提供するためには、自分自身で責任を持てるクリニックを一から創るしかないと考え、独立を決意しました。
当院では、カウンセリングから手術、その後のアフターケアまで、全て私自身が責任を持って担当します。
よって、途中で担当医が変わることはありません。
また、女性の身体は、結婚、出産、更年期など、ライフステージの変化によって常に変わり続けます。
一度手術をして終わり、ではありません。
過去に当院で手術を受けた患者様が、数年後に加齢や出産などで再び同じような悩みを持たれた場合でも、患者様の負担を配慮して、生涯にわたって責任を持ってアフターケアに対応しています。
「先生のところに行けば、ずっと面倒を見てもらえる」。
患者様にそう思っていただける存在でありたいのです。
―待合室にある立派なペルシャ絨毯にも、患者様への特別な思いが込められていると伺いました。
あのペルシャ絨毯は、ただの装飾品ではありません。
当院を訪れる患者様は、深い悩みやコンプレックスを抱え、下を向いて来院される方が多いのです。
私は、患者様に少しでも顔を上げ、自信を取り戻していただきたいと考えました。
ペルシャ絨毯は、おばあさんからお母さん、そして子供へ……と、何世代にもわたって技術と伝統が引き継がれ、長い歳月をかけてやっと一枚が仕上がるものです。
それだけに、作り手の凄まじい思いがこもっています。
そのエネルギーは、きっとここに来てくださる患者様の運気も上げてくれるはず。
「当院の絨毯を踏んで帰る患者様には、必ず良い運気が巡ってきてほしい。これからの人生が上向きになってほしい」。
そんな祈りを込めて、待合室に飾っています。

今後は、しばらくお休みしていたYouTubeでの発信なども再開し、デリケートゾーンの正しい知識や最新の治療法について、もっと広く社会に伝えていきたいと考えています。
一人でも多くの女性が深い悩みから解放され、笑顔を取り戻せるように。
銀座のこの小さなクリニックから、女性たちの笑顔の波紋を世界中へ広げていく挑戦を、これからも続けていきます。

「膣内は全身を映す鏡」。
増田院長の口から紡ぎ出される言葉は、どれも圧倒的な説得力と、医療現場の最前線で戦い続けてきた者だけが持つリアリティに満ちていた。
日本の医療において、長年タブー視され、あるいは「命に関わらないから」と後回しにされてきた女性特有のデリケートな悩み。その深い暗闇に、増田院長は再生医療という新たな光と、泥臭いまでに患者に寄り添う医師としての責任感をもって切り込んでいる。
彼女が歩んできた道は、決して平坦なものではない。難病患者に関わったときに経験した無力感から、血を吐くような努力で医師の道を切り拓いた。
その後、命の現場で過酷な現実に直面し、効率重視に陥りがちな医療システムの枠組みから飛び出す決意を固める。
その全ての根底には、「苦しんでいる人を独りにしない」という揺るぎない信念がある。
銀座あゆみクリニックが提供しているのは、単なる見た目の美しさではない。
長年の痛みや不快感から女性を解放し、一人の人間としての尊厳と笑顔を取り戻すための、極めて本質的な医療なのではないか。
利益や効率ではなく、患者との生涯にわたる信頼関係を何よりも重んじる増田院長の挑戦は、これからも多くの女性たちの人生に、温かい笑顔の波紋を広げていくに違いない。
銀座あゆみクリニックについて

| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| クリニック名 | 銀座あゆみクリニック |
| 院長 | 増田 あゆみ(ますだ あゆみ) |
| クリニック紹介 |
「女性の笑顔を増やすこと」を理念に掲げ、銀座にて開業。産婦人科や美容外科で研鑽を積んだ院長が、カウンセリングから手術、アフターケアまで一貫して担当する。 婦人科形成の分野で累計1万件以上のオペ実績を持ち、子宮内膜下組織由来の間葉系幹細胞を用いた再生医療も導入。高度な技術を要する難治性の症状や、過去の修正オペにも対応し、患者一人ひとりのライフステージの変化とQOLの向上に生涯伴走するクリニックです。 |
| 所在地 |
〒104-0061 東京都中央区銀座1-9-13 プライム銀座柳通りビル8階 |
| アクセス |
東京メトロ有楽町線「銀座一丁目」駅 10番出口 徒歩1分 東京メトロ銀座・日比谷・丸の内線「銀座」駅 A13出口 徒歩4分 東京メトロ銀座線「京橋」駅 1番出口 徒歩5分 都営浅草線「宝町」駅 A4出口 徒歩6分 JR山手・京浜東北線「有楽町」駅 中央口 徒歩7分 |
| 電話番号 | 03-6228-6244 |
| 診療時間 |
10:00〜21:00 ※休診日:日曜 |
| Webサイト | https://ginza-ayumi-clinic.jp/ |
| 公式メディア |
YouTube ドクターあゆみ〜メディカルフェムテック・女性の美容外科〜 dr.ayumi_m GINZA AYUMi CLINIC |
| 予約 | 電話や公式HPのWEB予約、LINEより初診受付のお申し込みが可能 |