病気の治療が一段落しても、そのまま家に帰れるとは限らない。
もう一度おうちで暮らせるのか、帰ってやっていけるのか。
本人も家族も、答えを出せないまま時間だけが過ぎていく。
そんな場面は、決して少なくない。
東京都板橋区の「おうちにかえろう。病院」は、地域包括ケア病棟の機能を持つ病院として、そうした人たちを受け入れている。
急性期の治療を終えた方や、在宅で暮らすなかで一時的に入院が必要になった方を、病名で区切ることなく迎え入れ、多職種のチームで在宅復帰を支える。
医療を院長の水野慎大医師が、経営と組織づくりを事務長の横井大介氏が担い、病気そのものだけでなく、その人が退院したあとの暮らしまでを、ともに考えることを大切にしている。

「おうちにかえろう。」。
その名前に込めた「。」には、どのような思いがあるのか。
そして、家に帰るか迷う時間を病院で支えるとは、どういうことなのか。
人生の主役であり続けることを支えたいと願う病院の、その根にある考えを聞いた。
病気だけを診るのではなく、その後の暮らしまで。地域包括ケア病棟という役割

―「おうちにかえろう。病院」がどのような病院なのか、その役割からお聞かせください。
水野:当院は、地域包括ケア病棟という機能を持つ、120床の病院です。
急性期の病院で治療を受け、命に関わる状態は落ち着いたけれど、すぐに自宅へ戻るのは難しい。
あるいは、自宅で暮らしているなかで体調が変わり、一時的に入院が必要になった。
そうした方々を受け入れ、もう一度おうちで暮らせるように支えるのが、私たちの役割です。
急性期の病院と、その方の自宅との間をつなぐ、橋渡しのような場所だと考えていただくとよいかもしれません。
高度な検査や手術を行う場所ではなく、その方が退院したあと、どう暮らしていくかを一緒に考えることに、力を注いでいます。
―一般的な病院と比べて、大切にしていることに違いはあるのでしょうか。
水野:病院というと、病気を診て、それが落ち着けば役割は終わり、という印象があるかもしれません。
けれど私たちが見ているのは、病気そのものだけではありません。
その方が退院したあと、家族とどう過ごし、何をして日々を送っていくのか。
その暮らしまで含めて考えることを、何より大切にしています。
病気が落ち着くことは、あくまで通過点です。
その先で、その方が自分の人生の主役に戻っていけるように支える。
そのために、入院しているあいだから、退院後の生活を見据えた関わりを続けています。
「家に帰りたい」と悩む時間を、ここで

―「おうちにかえろう。病院」という名前には、句点の「。」がついています。ここには、どのような思いが込められているのでしょうか。
水野:この「。」には、患者さんやご家族に、心から「おうちにかえろう。」と言ってほしい、という願いを込めています。
私たちが「早く家に帰りましょう」と背中を押すのではありません。
患者さんご自身が、自分の言葉として「おうちにかえろう」と思えるようになる。
そこを大切にしたいという思いを、名前に託しました。

―ご自身で「おうちにかえろう」と思えるように支えるとは、具体的にはどういうことなのでしょうか。
水野:たとえば急性期の病院では、入院できる期間が二週間ほどと限られていることも多く、その短い間に、これからどこでどう暮らすかまで決めるのは、なかなか難しいものです。
帰れるかどうか自分でもわからない方、本人は帰りたいけれど家族が不安を抱えている方、逆に家族は帰してあげたいのに本人が迷っている方。
そうした、まだ答えの出ていない方に、当院は「ここへ移ってきて、一緒に悩んでください」とお伝えしています。
すぐに結論を出す必要はありません。
話し合いを重ねた末に、やはり帰らないという結論になれば、それでかまいませんし、やはり帰ってみたいとなれば、そのための準備を一緒に進めます。
当院は、病気の種類で受け入れを区切ってはいません。
元の暮らしに戻るかどうかを迷っている、その一点さえあれば、どなたでも受け入れています。
迷う時間そのものを、ここで一緒に過ごす。
それが、私たちの役割だと考えています。
急性期の病院から、そして自宅から。二つの入り口

―病院の経営と組織づくりを担う横井事務長にも伺います。どのような経緯で入院される方が多いのでしょうか。
横井:大きく二つの入り口があります。
一つは、急性期の病院で治療を終えた方が、そのまま自宅に戻るのが難しいときに、当院へ移ってこられるケースです。
たとえば、入院で体力が落ちてしまい、家での生活にはもう少し準備が必要だという場合です。
自宅での暮らしを想定したリハビリを行い、ご家族には必要な介助の仕方をお伝えしながら、退院後の生活環境や介護サービスも整えていきます。
もう一つは、自宅で暮らしている方が、体調を崩したり、一時的に入院が必要になったりしたときの受け入れです。
在宅での療養を続けている方が、少し状態が変わったときに、早めに立て直す。
そうした使い方もしていただいています。

―ご家族の事情で利用されるケースには、どのようなものがありますか。
横井:在宅で介護をされているご家族が、一時的に休息を必要とされることがあります。
介護は、休みなく続けていると、支える側が疲れきってしまうことも少なくありません。
そうしたときに、少しの間お預かりして、ご家族が体を休められるようにする。
これも、当院が担っている役割の一つです。
患者さんご本人だけでなく、その方を支えるご家族も含めて、暮らしを続けていけるように関わる。
そういう場所でありたいと考えています。
壁を、意図的に崩す。垣根のないチームで、その人を知る

―退院後の暮らしまで支えるために、院内の体制で工夫していることはありますか。
横井:この病院をつくるとき、「ここで、誰に、どんな時間をつくりたいのか」という問いから出発しました。
患者さんやご家族のために、と答えるのは自然なことですが、そこで働くスタッフ自身も、同じように人生の時間をここで使っています。
では、その一人ひとりにとって、ここをどんな場所にしたいのか。
それを言葉にするところから始めた結果、たどり着いたのは、患者さんもスタッフも、自分で考えて進んでいける場所にしたい、ということでした。
そして、その考えることを邪魔しているものは何かと突き詰めていくと、人と人との間にある境界線に行き当たったのです。
だから当院では、その境界線を意図的に取り払うことにしました。
―「境界線を取り払う」とは、具体的にはどういうことなのでしょうか。
横井:私はもともと、医療の外の企業からこの法人に加わりました。
当院では、職種ごとに部署を分けず、さまざまな職種が病棟という単位で混ざり合う形にしています。
そのうえで、毎日全ての職種が集まって話す時間を設け、病状だけでなく、その方がどんな気持ちでいるのか、これまでどんな人生を歩んでこられたのかまでを話し合います。
誰かが上に立って指示を出すのではなく、それぞれが持っている情報を持ち寄って、一緒に考えるのです。

スタッフが白衣やスクラブを着ていないのも、同じ理由からです。
医療者らしい見た目をやわらげることで、患者さんが構えずに話せるようにしたい。
壁をなくすほど、その人の本当の願いが見えてくる。
そう考えて、この形をとっています。
暮らしに近い場所で、回復に向かう。開かれた空間の工夫

―院内の空間づくりで、大切にしていることはありますか。
横井:当院の一階には、カフェがあります。
そのカフェのすぐ隣に、リハビリのスペースを設けていて、その二つの間に壁はありません。
リハビリのスペースは、カフェのすぐ隣に壁のない開かれた形で設けました。
人は、誰かに見られていると、いつもより少し頑張れるものです。
カフェでくつろぐ人がいるすぐそばで、明るい広場のような場所で体を動かす。
そうした環境そのものが、回復に向かう後押しになればと考えています。
―入院中の過ごし方には、どのような工夫がありますか。
横井:一つは、ナースコールを無線にしていることです。
これによって、患者さんはベッドの上だけでなく、トイレやリハビリのスペース、一階のカフェへ散歩に出るときにも、それを持ったまま動けます。
院内を自由に過ごしていただきながら、何かあればすぐに気づける。
その両方をかなえたいと考えました。
もう一つは、スタッフが一人ひとりタブレットを持っていることです。
記録や確認をその場で済ませられるので、事務作業に追われる時間を減らし、その分、患者さんと向き合い、話をする時間にあてられます。
暮らしに近い環境で過ごしながら、その人を知っていく。
そのための工夫を、空間や仕組みの面からも重ねています。
「人生の主役」の座を、その人に戻す

―病院として大切にしている考えを、あらためてお聞かせください。
水野:患者さんが「人生の主役であり続ける」ことを支えたい、という思いが根っこにあります。
病気になって入院すると、人はどうしても受け身になりがちです。
決められた時間に検査を受け、指示された治療を受けるなかで、自分がこれからどう生きたいのかという問いは、後回しになってしまいます。
けれど、退院したあとの暮らしを送るのは、ほかの誰でもない、その方自身です。
だからこそ、入院しているあいだから、ご自身で考え、ご自身で選んでいくことを支えたい。
一度は病気に明け渡してしまった主役の座を、もう一度その方の手に戻したいのです。

―「自分で考え、選んでいく」ことを、どのように支えていくのでしょうか。
水野:まずは、その方が本当は何を大切にしているのかを、対話のなかから一緒に探していきます。
入院しているときは、病気や先の見えなさで気持ちがふさいでしまう方も少なくありませんが、そうしたときに、「家に帰ったら、また庭いじりがしたい」「家族とゆっくり過ごしたい」といった、その方自身の願いに光を当てていきます。
できないことを数えるのではなく、どうすればできるかを一緒に考えていく。
こうした、これからの生き方や医療について話し合っていく取り組みは、人生会議とも呼ばれます。
何を望み、どこで、どのように過ごしたいのか、その答えは一人ひとり違いますし、途中で変わってもかまいません。
その時々の気持ちに寄り添いながら、その方らしい選択を支える。
それを、診療の中心に置いています。
大学病院の消化器内科から、在宅医療へ。この病院が生まれた理由

―水野院長は、もともと大学病院で消化器内科医として歩んでこられました。在宅医療へと関心が向かったのには、どのような背景があったのでしょうか。
水野:私はもともと、大学病院で消化器内科を専門に、診療や研究、教育に携わってきました。
専門を深めていくやりがいは、確かにありました。
ただ、その一方で、以前からずっと、地域で暮らす人たちの医療に関わりたいという思いを持ち続けていました。
研修医の頃に訪問診療の現場に触れる機会があり、その方の暮らしのなかに入っていく医療に、深く心を動かされた経験があったのです。
病気の一部分だけでなく、その方の生活そのものに寄り添う。
そうした医療に携わりたいという思いから、在宅医療を手がける今の法人に加わりました。
―その法人が、在宅医療に加えて、この病院を開いたのですね。どのような考えがあったのでしょうか。
水野:私たちの法人は、もともと「自宅で自分らしく過ごせる世の中をつくる」という思いで、在宅医療に取り組んできました。
けれど在宅で療養を続けるなかには、体調が変わって入院が必要になり、そのまま自宅に戻れなくなってしまう方もいらっしゃいます。
自宅で暮らし続けたいと願っていても、その願いがかなわないことがある。
そこをどうにかしたい、という思いがありました。
急性期の病院と、自宅との間に、もう一度おうちに帰るための場所があれば、支えられる人がいるのではないか。
そう考えて生まれたのが、この「おうちにかえろう。病院」です。
在宅医療で見てきた「暮らしの視点」を、病院という場所に持ち込む。
それが、この病院の出発点になっています。
退院は、終わりではない。在宅へバトンをつなぐ

―退院したあと、その方の暮らしはどのように支えられていくのでしょうか。
水野:私たちにとって、退院はゴールではありません。
むしろ、その方が家での暮らしを再び始める、スタートの日です。
だからこそ、退院したあとに生活を支える人たちへ、きちんとバトンをつなぐことを大切にしています。
在宅で診療を行う医師や、ケアマネジャー、訪問看護師、薬剤師。
さらには歯科や、食事を支える管理栄養士や言語聴覚士まで、その方の暮らしに関わる人は多くいます。
そうした地域の担い手と、日頃から顔の見える関係をつくっておく。
そのために、勉強会や交流の場も設けています。
―「バトンをつなぐ」という言葉に込めた思いを、お聞かせください。
水野:陸上のリレーで、走者がバトンを渡すとき、二人は少しの間、並んで走ります。
互いの呼吸を合わせて、速度を落とさずに渡していく。
在宅への引き継ぎも、それと同じだと考えています。
入院中に私たちが把握した、その方の体の状態や、暮らしのなかで大切にしていること。
それを、次に支える人たちへ、途切れさせずに渡していきたいのです。
病院を出たとたんに支えを失う方が出ないように、地域全体で、その方の暮らしを続けて支えていく。
その一つの結び目でありたいと考えています。
「この病院が、必要とされなくなること」を目指して

―これから、この病院をどのようにしていきたいとお考えでしょうか。長期的な展望をお聞かせください。
水野:少し変わった答えになるかもしれませんが、私が遠い先に思い描いているのは、この病院が必要とされなくなることです。
「おうちにかえろう。病院」という、こんな変わった名前の病院がなくても、家に帰りたいと願う人が、当たり前に家に帰れている。
そういう世の中になることを、目指しています。
今はまだ、家に帰りたくても帰れない方がいるからこそ、当院のような場所が必要とされています。
けれど本来は、どの地域でも、当たり前にそれがかなうのがいいはずです。
その意味では、私たちのゴールは、自分たちの役割がいらなくなることなのだと思っています。
―横井事務長にうかがいます。今はどのあたりまで来ているという感覚でしょうか。
横井:立ち上げ期という登山にたとえるなら、いまは八合目あたりまで来たという感覚です。
この板橋の地で、こういうやり方でも病院は成り立ち、こんな価値を出せるということは、ひとまず形にできました。
ただ、私たちの存在意義は、変わり続けることでしか作れないと考えています。
もともと当院は、なくても地域が回っていた病院です。
だからこそ、模範となるやり方を示し続け、それを見た各地の医療者が、それぞれの地域に合った形で挑戦していく。
そのきっかけの一つになれれば、これほど嬉しいことはありません。
退院したその先の暮らしに、迷ったときは

―入院や利用を考えている方、あるいはご家族に向けて、伝えたいことをお聞かせください。
水野:もし、ご自身やご家族が、退院したあとの暮らしをどうするか迷っているなら、その迷いを抱えたまま、一度ご相談にいらしてください。
急性期の病院から「そろそろ退院を」と言われても、家に帰ってやっていけるか自信が持てない。
在宅で介護をしているけれど、少し疲れてしまった。
そうした、答えの出ていない状態のままで構いません。
むしろ、はっきり決まっていないからこそ、一緒に考えられることがたくさんあります。
家に帰るという結論を、私たちが押しつけることはありません。
話し合った末に別の道を選ぶとしても、それはその方にとっての、納得のいく選択です。

―最後に、水野院長が考える、この病院の存在意義をお聞かせください。
水野:病気の治療が大切であることは、言うまでもありません。
けれど、その先には、必ずその人の暮らしが続いていきます。
どこで、誰と、どんなふうに過ごしていくのか。
その問いに向き合う時間を持てないまま、退院の日を迎えてしまう方は、決して少なくありません。
私たちは、その問いを、その人と一緒に考えられる場所でありたいと思っています。
病気を診るだけでなく、その人が自分の人生の主役として、これからをどう生きていくかまで、ともに描いていく。
そういう病院が、これからの地域には必要だと信じています。
水野院長の話を通してくり返し伝わってきたのは、病気そのものよりも、その人がこれからどう暮らしていくのかへ向けられたまなざしだった。
病院という場所は、病気を診て、それが落ち着けば役割を終える。
そんな見方が、私たちのどこかにある。
しかし、「おうちにかえろう。病院」が見ているのは、その先にある一人ひとりの暮らしだ。
家に帰るか、帰らないか。
その答えの出ない時間を、急かさずに、ともに過ごす。
病名で区切らず、迷いを抱えた人をそのまま受け止めるという姿勢は、この病院の根っこにあるものだった。
職種の壁を取り払い、白衣を脱ぎ、毎日語り合う。
その体制を組織の面から設計したのが、経営を担う横井事務長だった。
空間の一つひとつまで、その人を知り、その人が自分で選んでいくために設えられていた。
そのすべては、患者を「人生の主役」の座に戻すという一点に向けられているように思えた。
「おうちにかえろう。」という名前の、あの小さな「。」。
そこに込められていたのは、患者自身が心からそう言えるようになってほしい、という願いだった。
病気を診るだけでなく、その先の暮らしまでを、ともに描く。
「おうちにかえろう。病院」の取り組みは、退院したその日から始まる一人ひとりの暮らしを地域全体でつないでいく、これからの医療のあり方の一つを示している。
医療法人社団焔おうちにかえろう。病院について

| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 病院名 | 医療法人社団焔(ほむら)おうちにかえろう。病院 |
| 院長 | 水野慎大(みずの しんた) |
| 事務長 | 横井大介(よこい だいすけ) |
| 病院紹介 | 2021年開院。地域包括ケア病棟の機能を持つ120床の病院。急性期治療を終えた方や、在宅療養中に一時的な入院が必要になった方を、病名で区切らずに受け入れ、多職種のチームで在宅復帰を支える。介護者の休息のための一時的な入院にも対応。リハビリテーション・栄養管理・服薬管理などを通じて、退院後の暮らしまでを見据えた支援を行う。 |
| 所在地 |
〒174-0061 東京都板橋区大原町44-3 |
| アクセス | 都営三田線「本蓮沼駅」A3出口から徒歩約7分 |
| 電話番号 | 03-5926-5091 |
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