慢性疾患や治療の難しい病態の領域には、専門病院で「治療法がありません」「対症療法を続けていくしかありません」と告げられ、行き場を失う患者がいる。
そうした中で、難治性疾患の多様な病態に対する治療法の開発を続けているのが、東京・銀座の「岡部漢方内科」だ。
院長の岡部 哲郎医師は、東京大学医学部を卒業後、東京大学医学部附属病院で約20年にわたりがん細胞の研究に従事した経歴を持つ。
西洋医学研究の現場から、漢方医学(中国伝統医学)の世界へと歩みを進めた医師である。
その背景には、台湾の漢方医・林天定一門との出会いと、研究の現場で目の当たりにした、西洋医学では対応の難しい病態に対して東洋医学的アプローチが新たな選択肢となり得る可能性の数々があった。
「専門病院で治療法がないと告げられた患者に、別の選択肢を提示する」。
岡部院長が一貫して見据えてきたのは、この一点である。
そこには、16歳で慢性腎炎を宣告され、自身も「治療法がない」という言葉を突きつけられた原体験があった。
がん研究を続けてきた医師が、なぜ漢方医学(中国伝統医学)へと舵を切ったのか。
そして、多様な病態に向き合ううえで、どのような診療観を大切にしているのか。
その歩みと、診療の根本にある考え方を伺った。
*1:日本東洋医学会 「役員一覧」(2026年5月インタビュー時点)
*2:海外医学会発表の例
Okabe T. Improvement of visual field with medicinal herbs in normal tension glaucoma. Eur J Neurology 23 suppl.2: 718, 2016.
Okabe T. Long-term improvement of visual field in normal tension glaucoma. Eur Society of Ophthalmology FP09-01-GLA, 2019.
Okabe, T., Fujisawa, M., Sekiya, T., Ichikawa, Y., and Goto, J. Successful treatment of spinocerebellar ataxia 6 with medicinal herbs. Geriatr. Gerontol. Int.7:199-201,2007.
「既存の治療に悩む」患者と共に、別の可能性を模索する歩み

―貴院にはどのような患者さんが、どのような経緯でいらっしゃるのでしょうか。
岡部:漢方医学(中国伝統医学)を求めて、全国各地からご来院いただいています。
東京以外の地方からお越しになる患者さんがいらっしゃるのも特徴です。
私自身が分析している理由としては、東京には専門病院がたくさんあり、選択肢が豊富にあるからです。
何か症状があると、まずはその領域の専門病院へ足を運ばれることが一般的です。
ところが、専門病院の方針と一度結びつくと、そこから別の選択肢を検討する機会自体が、なかなか生まれにくい構造があると感じています。
例えば緑内障では眼科にかかります。すると眼科以外の診療科にはまずかかりません。
一方で、地方にお住まいの方は、近隣にそうした専門病院が必ずしもあるとは限りません。
ご自身でインターネットを使い、ご自分の病気についていろいろと調べ、当院のホームページにたどり着いてくださるケースがあります。
情報を能動的に取りに行く中で、漢方医療という選択肢の存在に気づき、ご相談に来てくださる。
そうした流れで、地方からのご来院が結果として目立つようになっているのだと考えています。
中には、複数の専門医療機関を経た後、新たなアプローチを模索してご来院される患者さんもいらっしゃいます。

―どのような領域の病気を診ていらっしゃるのでしょうか。
岡部:当院では、慢性の機能障害や管理の難しい病態を抱える患者さんを中心に診療を行っています。
それ以外にも、経過の長い慢性疾患や精神疾患、緑内障、脳神経疾患、自律神経系・免疫系の調整が必要な領域など、既存のアプローチだけではコントロールが容易ではないとされる領域の患者さんが、全国からお越しになっています。
これらは、臨床上、長期的な経過観察や持続的な体調管理が中心となる傾向があり、薬を継続して服用し続ける必要があるとされる病気です。
ご自身の症状や治療の進み方について、何か別の選択肢を探したいとお感じになった方が、当院のような中国伝統医学の選択肢にたどり着くケースがあります。
私自身、若い頃に同じように「治療法がない」と告げられた経験がある身として、その状態に置かれる方に何か別の手立てを差し出したいというのが、岡部漢方内科を続けてきた根本にあります。
熱と冷え、五臓六腑のバランス。中国伝統医学の根本にある考え方

―中国伝統医学とは、どのような考え方に基づいた医学体系なのでしょうか。
岡部:中国伝統医学は、数千年にわたる経験の蓄積によって組み立てられてきた医学体系です。
局所的な病態や症状に着目するアプローチとは異なり、中国伝統医学は、人間の体を一つの大きなシステムとして捉えます。
体内の状態を「熱があるか、冷えているか」という軸で診ていき、そのバランスを整えることで、体が本来持っている働きを補完していく。
これが、中国伝統医学の根本にある考え方です。
患者さんの状態は、「熱」と「冷え」のどちらか、もしくはその組み合わせで説明できます。
ちょうど真ん中であれば、健康な状態と判断します。
冷えている場合と熱を持っている場合とでは、患者さんに対するアプローチも反対になります。
冷えている方を治療するときは、徹底的に体を温める方向で生薬を組み立てる。
熱を持っている方を治療するときは、熱を冷ます方向で組み立てる。
一見すると単純な原理ですが、個々の病態に応じた厳密な見極めのもとで、慎重な処方構築が求められる領域です。
―患者さんが「熱」なのか「冷え」なのかは、どのように見極めていくのでしょうか。
岡部:診療で最も重視しているのは、問診です。
例えば、夜にどのような寝具を使って寝ているかを伺います。
5月の中旬になっても電気毛布を使っているとおっしゃる方は、明らかに体が冷えています。
お風呂に入った後に湯冷めしてしまい、震えが止まらないとおっしゃる方も、同じです。
体内で熱を生み出す力が足りていないと判断します。
逆に、食欲についてお聞きして「朝からしっかり食べます、間食もよくします」とおっしゃる場合は、胃に熱を持っているサインです。
胃に熱があると、その影響が他の臓器の機能バランスにも関与する要因となり得ます。
問診の中で、患者さんが日常で何気なく感じていらっしゃる症状を一つひとつ伺いながら、それを五臓六腑のどこに熱や冷えが偏っているのかという見立てに変換していきます。
中国伝統医学では、五臓六腑のそれぞれが感情とも結びついていると考えます。
肝は怒り、心臓は不安や恐怖、肺は悲しみ、胃腸はくよくよと思い悩むこと、腎は深い恐怖。
患者さんのお話しの中に出てくる感情の傾向からも、どの臓器に負担がかかっているのかを読み取ることができます。
そのうえで、個別の状態に合わせて複数の生薬を組み合わせた処方を検討し、定期的に経過を確認しながら内容を調整していきます。
局所を制御するのではなく、調和の維持にアプローチする

―「熱・冷え」の考え方を、具体的な病態にはどのように当てはめていらっしゃるのでしょうか。
岡部:てんかんを例に挙げてお話しします。
この病態における一時的な急変は、脳の運動神経の中枢が過剰に興奮することで起こります。
西洋医学では、脳細胞の興奮を直接的にコントロールする薬剤を用いた管理を行います。
これは生体のバランスを維持するための重要なアプローチです。
一方で、こうした薬剤による管理を継続しながら、並行して体質的な背景を見つめ直す視点も存在します。
中国伝統医学のアプローチは、異なる視点を持っています。
脳の運動神経の中枢が興奮しているのは、その領域に熱の偏り(熱証)を持っているから、と捉えるのです。
それであれば、その過剰な熱を和らげる方向でアプローチすれば、脳細胞の過剰な亢進が生じにくい状態への移行をサポートできると考えます。
興奮を一時的に抑え込むのではなく、過剰な亢進が生じにくいよう全体のバランスを整えるという考え方です。
このアプローチに使う代表的な生薬の一つが、竜胆という草花です。
熱を冷ます方向に作用する生薬を、患者さんの状態に合わせて複数組み合わせていきます。
循環器系の慢性的な機能亢進を伴う病態についても、考え方の構造は同じです。
指標が上昇しているとき、西洋医学では血管の動態や心機能、体液量に作用する薬剤を用いて、数値をコントロールする加療を行います。
ここに中国伝統医学の知見を加える場合、数値が上昇している原因を、心機能の過度な負荷や、自律神経系の熱の偏りとして捉えます。
心臓や自律神経の過剰な熱を和らげる方向で生薬を組み合わせ、心身のシステム全体を整えていく。
その結果として、過度な圧力が生じにくい状態へシステム全体を導いていくことを目指します。
―緑内障については、どのようなアプローチをとられていますか。
岡部:緑内障の中でも、日本人によく見られる病型として知られているのが正常眼圧緑内障です。(*3)
眼圧は基準値内に収まっているにもかかわらず、視神経が徐々に機能を失っていく病気です。
東洋医学の視点から見ると、これは目の局所的な病態というよりも、視神経の血流不足に起因する神経の課題として捉えています。
視神経が機能を保つためには、酸素と栄養が血液によって運ばれてくる必要があります。
その血液は、心臓から動脈を通って届けられます。
心臓の働きが弱っていたり、ストレスによって血管が収縮していたりすると、視神経に届く酸素の量が減ってしまう。
この状態が続くと、視神経の一部の繊維が徐々に機能を失っていき、視野の欠損につながっていきます。
中国伝統医学のアプローチは、視神経そのものを直接治療するのではなく、視神経に酸素を届ける血流の経路そのものを整えていく方向です。
心臓の動態を安定させる作用のある生薬、血管の収縮を緩める作用のある生薬、ストレスによる興奮を抑える作用のある生薬。
これらを、患者さんの体質と症状に合わせて組み合わせていきます。
視神経は障害を受けても、細胞が変性に至るまでには一定の時間がかかると考えられています。
その期間内に視神経への血流の経路を整えることで、生体動態を安定させ、機能を維持する下支えを行う道が残されている。
これが、緑内障に対する漢方治療のアプローチです。
ただし、この考え方や治療法は、西洋医学の標準的な治療指針とは異なります。
その点は、患者さんにも初診時に十分にご説明し、ご理解をいただいたうえで治療を進めていく形をとっています。
*3:日本緑内障学会「理事長あいさつ」より
16歳で受けた「透析になる」という宣告。医師を志した出発点

―先生が医師を志されたきっかけについて、お聞かせください。
岡部:私が医学部に入った理由は、自分自身が病気になったことが直接の出発点です。
群馬県の生まれで、両親は医師ではありません。
教員の父と、教員の母のもとで育ちました。
ただ、親戚に2人医師がいたため、医師という職業自体は、幼い頃からそれほど遠い存在ではありませんでした。
医師を志すことを明確に意識したのは、16歳の頃です。
私はその年に、慢性腎炎と診断されました。
当時は透析治療がまだ普及しておらず、医師から告げられたのは、「いずれ腎機能が低下していき、10年か20年で命に関わる状態になる」という内容でした。
多感な高校生にとって、簡単に受け止められる宣告ではありません。
医師にできることといえば、不安を和らげるための安定剤を処方してくれることくらい。
そのとき私は、何らかの形で自分自身の病気に対する治療法を見つけたいのであれば、医師として研究の道に進むほかないのだ、と腹を決めました。
当院の根底に流れている「治療法がないと告げられた患者に、別の選択肢を届ける」という姿勢は、このときの個人的な経験がそのまま原点になっています。
―東京大学医学部を進学先に選ばれた背景についてお聞かせください。
岡部:高校時代は猛勉強しました。
進学先の最終的な決め手となったのは、研究費の規模です。
東京大学医学部は、ほかの大学医学部と比べても潤沢な研究費が投じられる環境であり、難病の研究を進めるには、ここに進むのが現実的な選択だと判断しました。
専攻科目を選ぶ際にも、同じ基準で動きました。
外科は技術を磨いていく領域、研究を中心に進めるのは内科だ、というのが当時の私の理解です。
1970年代前半の当時、内科の中で特に治療が難しいとされていたのが、がんでした。
そこで、血液がんや肺がんなど、治療法が確立していない病気を対象とした研究をしたいと考えて、進路を決めていきました。
研究によって治療法を生み出す側に立ちたい、という意志がはじめからはっきりとあったのだと思います。
東京大学医学部附属病院での20年。がん細胞の研究に取り組んだ歩み

―東京大学医学部附属病院では、約20年にわたりがん細胞の研究に従事されたと伺いました。どのような研究に取り組まれていたのでしょうか。
岡部:大学院の頃から取り組んでいたのは、がん細胞がどのように増えていくのかという基礎的な研究でした。
ある日、培養していたがん細胞を観察していたところ、その細胞が、白血球を増やす働きを持つホルモンを自ら作り出していることに気がついたのです。
白血球というのは、体内で感染症と戦う免疫の役割を担う細胞です。
抗がん剤治療を行うと、副作用で白血球の数が減ってしまうため、感染症で発熱する患者さんが出てしまい、抗がん剤治療そのものを続けることが難しくなる場面がありました。
そこに、もしこのホルモンを点滴で投与することができれば、減少した白血球の回復を後押しでき、結果として患者さんは抗がん剤治療を続けやすくなる。
私たちが医療現場で直面していたその課題に対して、自分が偶然見つけた研究材料が直接役立つ可能性が見えてきたのです。
そこから取り組んだのが、このホルモンを量産する仕組みづくりでした。
まず、がん細胞を培養皿の中で大量に増やし、そこから白血球を増やす働きを持つホルモンだけを抽出していきます。
次に、そのホルモンを作る指示が書かれた遺伝子を細胞から取り出して、大腸菌の中に組み込んでいく。
すると、その大腸菌が、本来のがん細胞に代わってホルモンを作り続けてくれるようになります。
こうして遺伝子工学の力を借りることで、必要なホルモンを大量に作り出せる仕組みが組み上がっていきました。
この成果は複数の製薬会社と共同で実用化が進められ、その後も抗がん剤治療を受ける患者さんへの点滴薬として使われてきました。
これと並行して進めていたのが、肺がんに対するモノクローナル抗体を用いた研究です。
モノクローナル抗体というのは、ある特定の目印にだけ結合する性質を持った抗体のことを指します。
1976年に開発されたこの技術を応用しながら、私たちは、がん細胞の表面にある特徴的な目印を狙い撃ちにする抗体を作っていきました。
この抗体に放射性物質を結びつけたうえで、患者さんの体内に注射するとどうなるか。
注射された抗体は、血流に乗って体内をめぐり、目印を持つがん細胞のある場所にだけ集まっていきます。
そして、抗体と一緒に結びつけてあった放射性物質も、自然にがんのある場所だけに集積していくのです。
その状態でレントゲン画像を撮影すれば、放射性物質が集まっている場所、すなわち、がんの病変部位だけが光って見える形になります。
つまり、体のどこにがんがあるのかを、抗体に運ばせた目印によって画像から特定できるわけです。
これが、当時取り組んでいた診断技術の仕組みでした。
この、抗体を使ってがん細胞だけに薬を運ばせるという発想は、診断だけでなく治療にも応用することができます。
診断のときに使ったのは、がんの位置を画像に映し出すための弱い放射線を出す物質でした。
これに対して、結びつける物質を、がん細胞そのものを破壊できるくらい強い放射線を放つ種類に置き換えると、その放射線によって、抗体が運んだ先のがん細胞だけを集中的に攻撃することができるようになります。
周囲の正常な細胞は傷つけずに、目印を持つがん細胞だけを狙い撃ちにする。
いわば誘導弾のような治療法を目指して、診断技術の研究と並行しながら、製薬会社との共同研究の中で開発を進めていきました。
治療応用の開発はヨーロッパで臨床試験まで進みましたが、注射した抗体に結びつけてあった放射性物質が、最終的に尿として体外に排出される過程で腎臓に集まってしまい、腎臓への副作用が生じるという物理的な課題の壁に直面したのです。
当時の技術ではこの課題を乗り越えることが難しく、製薬会社との協議を経て開発は中止となり、これが20年にわたるがん研究のひとつの区切りとなりました。
しかし、この経験こそが、「治療法がないと告げられた方に、どのような手立てを届けられるか」という自身の原点に再び立ち返らせ、後に全く異なる医学体系である中国伝統医学へと視野を広げる重要な転機となっていったのです。
漢方薬への懐疑から師事の決断へ。林天定一門との出会い

―西洋医学研究の現場を歩んでこられた岡部院長が、中国伝統医学の世界に足を踏み入れたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
岡部:1990年頃のことです。
東京大学で一緒にがん研究に取り組んでいた同僚の研究者の一人が、東京大学の応用微生物研究所の所長に就任し、私に声をかけてきました。
「これまで自分はカビから抗生物質を作り、それががんに効くという研究をしてきたが、今度は漢方薬からがんに効く薬を作る研究をやろうではないか」という誘いでした。
正直に申し上げると、当時の私は漢方薬を信用していませんでした。
西洋医学の研究を一筋でやってきましたから、漢方薬は医師として病気を治療するという観点から見たら効果があるとは思えない、と決めつけていたのです。
それでも声をかけてくれた同僚が、「台湾の漢方医・林天定一門の田代連貴先生がいる、3人でやりたい」と続けてきたので、まずは林天定一門の診療所を訪ねてみることにしました。
訪ねた診療所で目の当たりにしたのは、西洋医学では対応が難しいとされる症状を抱えた患者さんが、漢方治療によって健やかな変化を見せていく場面の連続でした。
これまで持っていた私の認識が、診療所での数日のうちに揺さぶられていきました。
ただ、その時点でもう一つ気になっていたのは、ここで起きていることが、はたして「科学」と呼べるものなのか、ということです。
そこで私は、林天定一門の田代連貴先生に直接お伺いしました。
「先生がなさっていることは、私にもできるようになるものですか。誰でも同じように再現できないのであれば、それは科学ではありません」と。
先生は「できる」と答えてくださいました。
それなら教えてください、と門下に入ることを決めたのです。
師事を始めたのは、1992年から1993年頃のことでした。
ただ、西洋医学研究を続けてきた私が、東洋医学の世界へと舵を切るという決断は、周囲には理解しがたいものだったようです。
親戚一同はもちろん、職場の先輩や後輩からも「せっかく今まで積み上げてきたのに」と猛烈な反対を受けました。
当時はがんの研究成果で毎日のようにマスコミにも大きく取り上げられていた時期でしたから、そのまま進めばいいものを、と周囲が驚くのも無理はありません。
しかし、私自身には全く迷いや違和感はありませんでした。
私が医師を志した根底にある思いは、「病気で苦しむ方を一人でも多く、客観的な状態の安定や改善へと導くこと」です。
これまでのアプローチでは対応が難しかったものでも、中国伝統医学のアプローチなら解決の糸口を見出せる可能性があるのであれば、そちらへスイッチするのは医師として当然の選択でした。
治療法がないと言われて苦しんでいる方にとって、状況を好転させる手立てが一つでも見つかれば、それは人生がぱっと明るくなるような大きな福音になります。
その選択肢を少しでも多くの方に提供したい。
その一心でしたから、周囲の反対の声が私の歩みを止めることはありませんでした。

―師事を始められてから、岡部漢方内科を開院されるまでの歩みについてもお聞かせください。
岡部:師事の最初の数年間は、東京大学医学部附属病院での研究を続けながら、林天定一門の診療所に通って中国伝統医学を学ぶ生活でした。
その後、東京大学に漢方の寄付講座が開設されることになり、私はその講座の教官の一人として参加することになります。
漢方薬がなぜ効くのか、その作用の仕組みを科学的に解き明かす研究を進めながら、同時に東京大学医学部附属病院の中に漢方外来を立ち上げて、責任者として診療を始めていったのです。
外来で診療の対象となったのは、西洋医学では対応の難しい難病領域の患者さんが中心でした。
その診療を続ける中で、中国伝統医学が西洋医学とは異なる仕組みでさまざまな症状の改善を支えられる場面に、何度も立ち会うことになりました。
ただし、この伝統医療は、ただ知識を学べば誰でもすぐに使いこなせるものではありません。
患者さん一人ひとりの状態を脈や舌、表情、生活習慣から読み取り、20種類から30種類の生薬の組み合わせとして処方に落とし込んでいくためには、長年にわたる臨床経験の積み重ねが欠かせません。
そして、その経験を実のあるものにするためには、すでに膨大な経験を蓄えてきた高名な漢方医の方に直接師事することが、重要だとされています。
私が林天定先生という方の門下に入れたことは、後の診療の土台を築くうえで、非常に大きな意味を持つ出来事でした。
東京大学医学部附属病院での漢方外来の責任者を務め、日本東洋医学会の常務理事として東洋医学に基づく難病治療の研究を重ねていく中で、いつしか「専門病院で治療法がないと告げられた患者さんに、別の選択肢を届ける場」を、自分自身の手で作りたいという思いが固まっていきました。
その思いを形にしたのが、2014年に東京・銀座で開院した岡部漢方内科です。
「既存の治療が困難と告げられても、客観的な選択肢はある」。共有する納得感

―中国伝統医学による漢方治療を、患者さんが日常生活の中で続けていくうえで、大切にしてほしいことがあればお聞かせください。
岡部:緑内障の患者さんを例にお話しします。
緑内障の症状の進行を抑えるうえで、注意深く向き合っていただきたいのが、心身のストレスとの向き合い方です。
ストレスがかかると血管が収縮して血流が悪くなり、視神経への酸素の供給が滞りやすくなります。
職業的にストレスが集中する時期がある方は、その時期に症状が悪化しやすい傾向が見られます。
例えば年度末や決算期など、職業上ストレスが集中する時期に、症状の悪化が見られる方もいらっしゃいます。
ご家族の介護など、生活の中で継続してストレスがかかり続けている方もいらっしゃいます。
漢方治療は、こうした日常のストレスと、ある意味では並走しながら患者さんの状態を支えていく取り組みです。
自律神経系のバランスを穏やかに保ち、血流を整え、過度な緊張状態をやわらげる方向で生薬を組み合わせていきます。
しかし、患者さんご自身が日々のストレスとどう付き合っていかれるかという部分は、漢方治療だけでは支えきれない領域でもあります。
ご自身の生活の中で、ストレスの原因となっているものを整理する努力を並行していただくことが、客観的な状態の安定や進行抑制を目指すうえで大切な要素になります。

―最後に、専門病院で「治療法がない」と告げられて悩んでいらっしゃる読者の方に向けて、メッセージをお聞かせください。
岡部:私自身、16歳のときに「治療法がない」と告げられた経験がある身として、そのときの気持ちは、ある程度想像することができます。
その経験を踏まえてお伝えしたいのは、「専門病院で治療法がないと告げられても、どうかもう一つの客観的な選択肢があることを視野に入れていただきたい」ということです。
中国伝統医学のアプローチでは、西洋医学とは異なる仕組みでさまざまな症状の改善を支えてきた経験があります。
すべての方に同じ結果が期待できる性質のものではありません。
それでも、別の選択肢として漢方治療という道があることを、知ってさえいただければ、ご自身の状況にアプローチする手段をを一つ増やすことができます。
岡部漢方内科は、そうした方々のための場所であり続けたいと考えています。
もし今、専門病院での治療に行き詰まりを感じていらっしゃるのであれば、まずは一度、ご相談にお越しください。
岡部院長の語りを通じて感じられたのは、医療を「目の前の症状をいかに抑え込むか」という技術としてではなく、「治療法がないと告げられた人に、別の選択肢を届ける手立て」として捉えてきた一貫した姿勢だった。
その出発点には、16歳で「いずれ命に関わる」と告げられた、自身の慢性腎炎の経験があった。
東京大学医学部に進み、東京大学医学部附属病院で約20年にわたりがん細胞の研究に取り組んできた歩みも、あるいは、台湾の漢方医・林天定一門のもとで中国伝統医学に師事してきた歩みも、出発点に立ち戻ればその根底において「治療法を生み出す側に立つ」という一点に貫かれている。
台湾の漢方医・林天定一門の田代連貴先生に投げかけた「誰でも同じように再現できないのであれば、それは科学ではありません」という問いかけは、岡部院長が西洋医学の世界で身につけてきた科学者としての姿勢が、中国伝統医学を学ぶ態度にもそのまま持ち込まれていることを物語っていた。
その姿勢は、岡部漢方内科の診療にも貫かれている。
患者さんの問診から五臓六腑のどこに熱や冷えが偏っているのかを読み取り、20種類から30種類の生薬を組み合わせて煎じ薬を作成する。
そして、症状を抑え込むのではなく、「興奮しない状態に整える」「過度な血管収縮や血圧上昇のリスクに配慮した生体動態へと導く」というアプローチで難病領域に向き合う。
その診療の根本にあるのは、患者さんが置かれている状況を、臨床医として客観的な手段を模索し続ける、という岡部院長の信念だった。
「既存の治療が困難と告げられても、客観的な選択肢はある」。
専門病院での治療に行き詰まりを感じている人にとって、岡部漢方内科の存在は、もう一つの選択肢を提示してくれる場所として、確かにそこに在り続けていくのだろう。
医療法人社団哲門会 岡部漢方内科について
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| クリニック名 | 医療法人社団哲門会 岡部漢方内科 |
| 院長 | 岡部 哲郎(おかべ てつろう) |
| クリニック紹介 | 2014年開院。東京大学医学部附属病院で約20年にわたりがん細胞の研究に従事し、台湾の伝統医学を学んだ岡部 哲郎院長が、「患者さん一人ひとりに寄り添い、多角的な選択肢を提案する」という理念のもとに開院。東洋医学の知見に基づき、緑内障、てんかん、高血圧、うつ病、関節リウマチ、シェーグレン症候群、脊髄小脳変性症など、長期的な管理やアプローチが求められる疾患領域に対応。また、院長のこれまでの研究経験を活かし、がん治療に関するセカンドオピニオンにも対応している。 |
| 所在地 |
〒104-0061 東京都中央区銀座4-3-9 クイーンズハウス9F |
| アクセス | 有楽町駅より徒歩6分、銀座駅B4出口より徒歩1分 |
| 電話番号 | 03-6274-6930 |
| 診療時間 |
火曜:11:00〜13:30 / 14:30〜18:00 水曜:13:00〜18:00 木曜:11:00〜13:30 / 14:30〜18:00 金曜:11:00〜14:00 ※月曜、土曜、日曜は休診 |
| Webサイト | http://okabesystemsmed.com/ |
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