医者なら「結果にこだわる」のが当たり前。下長内科クリニックが30年の挑戦で磨き上げた3つの武器と医療哲学
青森県八戸市に、外来から入院まで一貫して地域医療を支え続けるクリニックがある。
工学部出身という異色の経歴を持つ三上信久院長が、1994年12月の開業から30年の歳月をかけて磨き上げた「漢方・血流改善・カルシウム」という3つの武器。
そのあくなき探求心と医療哲学に迫る。
1日100人の外来、19床のベッド。数字が語る「責任」の重さ
―下長内科クリニックの特長や、強みとされている部分について教えていただけますか。
三上:当院の最大の特徴は、19床の入院設備を有している点です。
診療所(クリニック)が保有できる病床数は、医療法で最大19床までと定められています。
それ以上は「病院」という区分になりますので、当院はクリニックとして最大規模の設備を備えていることになります。
この規模を活かし、対応できる疾患の幅広さも強みとしています。
風邪や生活習慣病の管理といった一般内科はもちろん、胃・大腸の内視鏡検査やCT検査まで、院内で完結できる体制を整えています。


また、皮膚科領域においても、アトピーや水虫、湿疹など、漢方治療を併用しながら幅広く対応しています。
現在、1日の外来患者数は平均して100人前後です。
加えて入院患者様もコンスタントに17〜18人ほどおられ、ほぼ満床に近い状態で常に稼働しています。
さらに、通院が困難な患者様への訪問診療にも注力しています。
点滴や酸素の管理、床ずれの処置といった医療処置はもちろん、末期がんのターミナルケアまで対応可能です。
この入院設備を活かした包括的な医療を、私と副院長である妻、そして週に一度勤務する非常勤医師を含めた3名の医師体制で支えています。
―クリニックでありながら、なぜそこまで入院設備にこだわられたのでしょうか。
三上:「外来から入院まで、一貫して自分の手で診たい」という想いがあるからです。
地域のかかりつけ医としてやっていると、外来に来られた患者様の具合が急に悪くなることや、集中的な治療が必要になることは日常茶飯事です。
その時に、もし自分のところに入院設備がなければどうなるか。
「うちでは診きれないから」と言って、どこか別の大きな病院へ紹介状を書いて転院させなければなりません。
これは患者様ご本人にとって環境が変わるストレスになりますし、何よりご家族にとって大きな負担になります。
遠くの病院に入院することになれば、お見舞いに行くのも一苦労ですし、着替えや洗濯物を届けるだけでも一日仕事になってしまいます。
しかし、近くのかかりつけ医に入院できれば、ご家族も気軽に来られますし、患者様も知った顔のスタッフに囲まれて治療に専念できます。

「いざという時も、いつもの先生が診てくれる」という環境と利便性を提供するためには、この19床というベッド数がどうしても必要だったのです。
19床というのは、一人の医師が責任を持って患者様一人ひとりの顔色や経過を細かく把握できる、ちょうど良い規模感でもあります。
自分で診断し、自分で治療方針を立て、その経過を自分の目で見届ける。
これが医師としての責任であり、私がやりたかった医療の形なのです。
「人を助けるなんて好きじゃない」。人生を変えた同僚の一言
―先生は最初から医師を目指されていたわけではなく、工学部のご出身だと伺いました。どのような経緯で医学の道を志すことになったのでしょうか。
三上:私の実家は津軽の農家で、男3人兄弟の真ん中として育ちました。
地元の進学校には通っていましたが、当時は自分が医者になるなんて夢にも思っていませんでした。
ただ漠然と、「組織の歯車になるのではなく、自分の腕一本で勝負できる仕事がしたい」という想いは持っていました。
そこで最初に選んだのは、医学ではなく工学の道でした。
大阪大学の工学部に進学し、卒業後はそのまま工場系の会社に就職しました。
いわゆる技術系の社員として、社会人のスタートを切ったわけです。

ところが、運命というのは分からないもので、入社してわずか半年後のことです。
4月に入社して、その年の10月に会社で希望退職の募集があったんです。
入社したばかりの新入社員がいきなり「辞めたい人は手を挙げて」と言われるわけですから、会社の先行きも含めて、自分の将来について深く考えざるを得ませんでした。
「このままこの会社に残り続けるべきか、それとも外に出るべきか」。
非常に悩みました。
その時、私には同期入社の大卒社員が私を含めて6人いました。
その中の一人に、私と生年月日が全く同じという、奇妙な縁のある男性がいたのです。
彼と将来について腹を割って話していた時、彼がふと、こんなことを口にしました。
「俺はさ、困っている人を助けるなんていうのは、あんまり好きじゃないんだよね」と。
私にとっては、耳を疑うような言葉でした。
彼にとってはそれが偽らざる本音だったのでしょう。
しかし、それを聞いた瞬間、私の中に強烈な違和感というか、彼とは真逆の感情が湧き上がってくるのをはっきりと感じたのです。
「いや、自分は違う。自分は、困っている人を助ける仕事がしたいんだ」と。
それまでは漠然としていた仕事への価値観が、彼のその一言によって、逆説的に明確になった瞬間でした。
「人を助けるのが嫌い」な彼とは違う道を歩みたい。
そう強く思った時、会社に残るという選択肢は消え失せました。
会社を辞め、もう一度受験勉強を一からやり直して、医学部に入り直す決心をしたのです。
遠回りをしたかもしれませんが、あの時の彼の言葉がなければ、私は今頃まだどこかの企業で働いていたかもしれません。
そういう意味では、彼との出会いが私の人生の分岐点だったと言えるでしょうね。
「原因を徹底的に探る医療」を目指して。救急で培った現場力
―医学部を卒業された後は、どのようなキャリアを歩まれたのですか。
三上:医学部を卒業してからは、札幌徳洲会病院に入職し、そこで3年間勤務しました。
徳洲会といえば「断らない医療」を掲げ、24時間365日、救急患者を受け入れることで有名な病院です。
私が目指していたのは、地域医療を支えるプライマリ・ケア、つまり「何でも診られる医者」になることでした。
私が育ったような田舎では、「専門外だから診られません」なんて言っていたら、患者様は行き場を失ってしまいます。
ちょっとしたことで遠くの大病院まで行かなければならないようでは、地域医療は成り立ちません。
プライマリ・ケアを実践するためには、目の前で患者様が急変した時に即座に対応できる救急のスキルと度胸が不可欠です。
いざという時に何もできない医者では、患者様の命を守れません。
札幌での3年間は、まさに戦場のような忙しさでしたが、そこで徹底的に救急の現場を心身に叩き込むことができました。

その後、青森に戻り、みちのく記念病院に6年間勤務しました。
そこも地域の中核病院として、多くの救急患者様を受け入れていました。
その後、八戸平和病院での勤務を経て、約30年前にこの場所で開業しました。
救急の現場で培った「どんな患者様でもまずは診る」という姿勢と、「決して諦めず原因を突き止める」という執念は、開業医となった今でも私の診療の根幹を成しています。
患者様が訴える症状には、必ず原因があります。
それを「気のせい」や「加齢のせい」にして片付けるのではなく、納得できるまで追求する。
それが私の医師としてのスタンスです。
独自の「3つの武器」。漢方、血流改善、そしてカルシウム
―下長内科クリニックでは、一般的な内科診療に加え、「漢方処方」「血流改善」「低カルシウム血症治療」という3つの独自の柱を掲げていらっしゃいます。なぜこのスタイルに辿り着いたのでしょうか。
三上:私が常に自分に言い聞かせているのは、「ラーメン屋なら美味しいラーメンを出せ」ということです。
ラーメン屋に入ってまずいラーメンが出てきたら、誰だっていい気はしません。
それと同じで、医者である以上、患者様を「回復へ導く」のが仕事です。
当院では、一時的に症状を抑えるだけでなく、根本的な原因を見つけ出して改善に導くことを目指しています。

患者様を改善に導く方法を模索し続けた結果、西洋医学の標準治療だけではカバーしきれない部分を補うために辿り着いたのが、この3つの柱でした。
まず一つ目の「漢方」ですが、これは私自身の体験が原点です。
実は、みちのく記念病院で多くの救急患者と向き合っていた30代後半から40代にかけて、私自身がひどい白癬、いわゆる水虫になってしまったことがありました。
当時はまだ「水虫に漢方が効く」なんて誰も思っていない時代です。
私も最初は西洋医学の知識通り、抗白癬剤、つまり水虫の塗り薬や飲み薬を色々と試しました。
しかし、どれを使っても全く良くならない。
それどころか症状はますます悪化し、手の痛みがひどくて夜も眠れないほどでした。
診察をする際も、右手が痛くて使えず、左手だけで聴診器を持つような有様で、精神的にもかなり追い詰められていました。
「西洋医学では完治を目指すことは難しいのか」と絶望していた時、ふと思い立って漢方薬を試してみました。
漢方を服用したところ、私自身、確かな症状の改善を実感しました。
「これは本物だ」と確信した瞬間でした。
そこから漢方治療の研究に没頭し、その後、50例以上の患者様のデータを集め、漢方による治療で顕著な改善が見られたという結果を学会で発表したのです。
それが出版社の目に留まり、1993年出版された『皮膚科における漢方治療の現況4』という書籍の一部として掲載されるに至りました。
この経験から、風邪や急性胃腸炎、蕁麻疹といった日常的な疾患に関しては、西洋薬よりも漢方薬の方が有効な場合があると考えています。
西洋医学の薬は、例えば、熱があれば下げる、痛みがあれば止めるといった具合に、基本的には「症状を抑える」対症療法です。
一方、漢方は「患者様の免疫力を高めて、体の中から改善を促す」治療です。
特に慢性疾患の場合、病気の背景には偏食や不規則な生活といった生活習慣の歪みがあります。
漢方はそうした体のバランスの崩れも含めて包括的に治療できるのです。
一般的な西洋薬ではなかなか改善しなかった不調に対しても、漢方のアプローチを取り入れることで快方に向かうケースがあります。
その効果を実感し、継続して漢方治療を希望される患者様も多くいらっしゃいます。

―「血流改善」と「低カルシウム血症」についても詳しく教えていただけますか。
三上:まず「血流改善」についてお話しします。
きっかけは、開業して間もない頃に出会った60代の男性患者様でした。
彼は「心臓神経症」と診断され、突然心臓が苦しくなる発作に長年苦しめられていました。
藁をもすがる思いで当院に来られたのですが、最初は私も苦戦しました。
漢方薬などを試しましたが、なかなか改善しない。
発作は昼夜を問わず、真夜中の2時、3時でも起こります。
そのたびに私も呼び出され、寝ずに診療に当たる日々が続きました。
「私が倒れてしまうのではないか」というくらい、まさにギリギリの戦いでした。
そんなある時、ふと彼の「血流」の数値を測ってみたのです。
そうしたら、非常に血流が悪いというデータが出たのです。
そこで、ワーファリンという血流を良くする薬を処方してみました。
すると、あれほど苦しんでいた発作が収まり、症状が出なくなったのです。
彼は合計して8年間も苦しんでいましたが、原因は心臓そのものではなく、「血流の悪さ」にあったということになります。
この経験から、原因不明の不調を訴える患者様に対しては、必ず血流検査を行うようになりました。
当院では採血からわずか5分で結果が出る体制を整えています。
検査してみると、実に患者様の2〜3割に血流の悪さが見つかります。
この方々に適切な血流改善治療を行うことで、長年の不調が和らぐケースがあります。
この知見は、2024年に出版した『サラサラ血液を手に入れる血流“劇的”改善法』という本にもまとめています。

そしてもう一つが「低カルシウム血症」です。
これに気づいたのは35年ほど前、勤務医時代の経験です。
ある日、20歳の授乳中の女性が「手足が動かない」と救急搬送されてきました。
検査をすると、重度のカルシウム不足でした。
母乳を通じて赤ちゃんにカルシウムを与え続けていたことで、お母さんの体からカルシウムが枯渇してしまっていたのです。
すぐにカルシウム剤を注射すると、すぐに動けるようになりました。
また、さらに衝撃的だったのは、50代の男性のケースです。
てんかんのような痙攣発作の原因が、実は極度のカルシウム不足だったというケースを経験しました。
根本原因であるカルシウム不足を解消しなければ、いつまた発作が起きるか分かりません。
これらの経験から言えるのは、「一般的な診断名やマニュアル通りの治療を疑え」ということです。
患者様の体を、生活背景まで含めて徹底的に診る。
そうすれば、おのずと本当の原因が見えてきます。
西洋医学の教科書には載っていないかもしれませんが、目の前の患者様の体の中で起きていることこそが真実であり、事実なのです。
本当の原因を見つけ出し、根本からの解決を目指して
―最後に、病院選びに迷っている患者様へメッセージをお願いします。
三上:私が伝えたいことは一つです。
「自分の症状をちゃんと診てくれて、原因と向き合ってくれる医者を探してください」ということです。
先ほどお話しした心臓神経症の患者様も、5年間どうすればよいかわからないまま、ようやく私のところに辿り着きました。
彼は諦めずにドクターを探し続けたからこそ、症状改善への糸口を切り開くことができたのです。
現代の医療では、ガイドラインに沿った標準治療が重視されますが、それだけでは救えない患者様が確実に存在します。
検査数値には表れにくい不調で、長年お悩みになっている患者様が多くいらっしゃいます。
私は、そうした「医療の隙間」に落ちてしまった方々を救いたいのです。
漢方、血流改善、カルシウム治療。
これらの治療は、当院が力を入れて取り組んでいるアプローチです。
しかし、これらが必要な患者様は、私の感覚では全体の2〜3割、潜在的にかなりの数いらっしゃると考えています。
現在、私は自分のクリニックだけでなく、八戸平和病院や南部町のスワンクリニックにも非常勤として勤務していますが、そこでも同じように血流改善治療を行い、そこでも同じように血流改善治療を取り入れ、多くの患者様に改善が見られています。
場所が変わっても、人間である以上、体の仕組みは同じです。
この治療法をもっと広めていきたいという想いがあります。
もしあなたが、長引く不調で悩み、病院を転々としているなら、ぜひ一度相談に来てください。
私たちは「結果」にこだわります。
それが、プロの仕事です。
あなたの体の声に耳を傾け、本当の原因を一緒に見つけ出しましょう。

「ラーメン屋なら美味いラーメンを出すのが当たり前」。
三上院長のこの言葉は、シンプルでありながら、医療の本質を鋭く突いている。既存の常識だけにとらわれず、目の前の患者がなぜ苦しんでいるのか、その「なぜ」を突き詰める姿勢。
その執念が、漢方や血流改善といった独自の治療法へと結実し、多くの「原因不明」と宣告された患者たちの希望となってきたのだ。
工学部出身という経歴が、人体のメカニズムを論理的に解明し、トラブルシューティングを行うような彼の診察スタイルに生きているのかもしれない。原因を徹底的に追求し、適切な治療を施す。そのプロセスにおいて、妥協やごまかしは一切ない。
19床のベッドは、単なる設備ではない。「一度診た患者は、最後まで責任を持つ」という、三上院長の覚悟の表れだ。もしあなたが、原因不明の不調や、長引く症状に悩み続けているなら、下長内科クリニックの扉を叩いてみてほしい。
そこには、あなたの苦しみに正面から向き合ってくれる医師がいるはずだ。
その出会いは、あなたの人生を再び明るいものに変えてくれるかもしれない。
下長内科クリニックについて

| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| クリニック名 | 下長内科クリニック |
| 院長 | 三上 信久(みかみ のぶひさ) |
| クリニック紹介 |
1994年12月、八戸にて「結果にこだわる医療」を掲げ開業。19床の入院設備を持つ3名体制で診療にあたる。 外来から入院まで一貫して引き受ける「地域医療の頼れる存在」を目指し、「漢方・血流改善・カルシウム」の3つの武器で難治性の症状に挑む。不調の原因にアプローチし、患者一人ひとりの「健康回復」に伴走するクリニックです。 |
| 所在地 |
〒039-1164 青森県八戸市下長3-21-19 |
| アクセス |
JR八戸線「長苗代駅」より車で約10分 八戸市営バス「下長」バス停より徒歩1分 |
| 電話番号 | 0178-28-5040 |
| 診療時間 |
9:00〜12:30 / 14:00〜18:30(月・火・水・金) 9:00〜12:30 / 14:00〜17:00(木) 9:00〜12:30(土) ※休診日:日・祝 |
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