「いつでも、なんでも、だれでも、まず診る」覚悟が生んだ7万人の信頼。きくち総合診療クリニックが証明する、地域医療のあるべき姿

「いつでも、なんでも、だれでも、まず診る」覚悟が生んだ7万人の信頼。きくち総合診療クリニックが証明する、地域医療のあるべき姿

認知症が進む祖母と、たった一人で介護を背負う孫。

「助けて」と言いたくても、頼れるかかりつけ医がいない――。

スクリーンに映し出されるのは、医療の狭間で孤立するヤングケアラーと認知症介護の現実だ。

2025年12月、「ふるさと映画祭」で涙を誘った映画『おばあちゃんのかかりつけ医』

この作品の脚本に携わったのは、神奈川県綾瀬市で聴診器を握る一人の現役医師、菊池大和院長だ。

彼が院長を務める「きくち総合診療クリニック」には、驚くべきデータがある。

カルテ登録番号は7万2000を超えた。

そして、綾瀬市の人口8万2000人の半数が受診している。

市外からも多くの患者が押し寄せ、その総数は市の人口そのものに迫る勢いだ。

「断らない医療」を掲げ、CT・MRIを駆使して地域医療の“最後の砦”を守り続ける菊池院長。

なぜ彼は、診察室を飛び出し「映画を撮る」という手段を選んだのか。

そこには、数字や言葉だけでは伝えきれない、日本の医療への強烈な危機感があった。

医療法人ONEきくち総合診療クリニック
菊池 大和
菊池 大和
院長
2017年4月、神奈川県綾瀬市に「きくち総合診療クリニック」を開院。「病気を診て、人を診て、一人でも多くの命をやさしく包み込む医療を提供する」を理念に、CTやMRIなどの高度医療機器を駆使し、あらゆる疾患の初期対応を行う「総合診療かかりつけ医」として地域医療に従事している。

「言葉」だけでは伝わらない危機感。だから私は「映画」を撮った

―映画『おばあちゃんのかかりつけ医』ですが、現役の医師が、自ら脚本を書き映画を制作するというのは、全国的にも極めて異例です。なぜ、そこまでされたのでしょうか。

菊池:きっかけは、現場で感じ続けてきた焦りにも似た危機感です。

私はこれまでも、本やWebメディアを通じて「総合診療かかりつけ医」の重要性を発信してきました。

しかし、どうしても文字情報だけでは伝わりきらない温度感や、現場の切迫感があると感じていたのです。

きくち総合診療クリニック 菊池大和院長
きくち総合診療クリニック 菊池大和院長

私が目指している「総合診療かかりつけ医」とは、一言で言えば「患者様を断らない医師」のことです。

専門を持たずに間口を広げ、「頭を打った」「胸が苦しい」「お腹が痛い」……どんな症状であれ、「困ったらまずはここに来て」と言える存在です。

例えば、家の近くに糖尿病や心臓、整形の専門クリニックが10軒あったとしても、ハチに刺された時にどこも診てくれなければ、患者様は困ってしまいます。

専門性が高い医師が何人いるかよりも、なんでも診てくれるかかりつけ医が一人いるだけで、地域医療は十分に守られる。

それが私の信念です。

映画を制作しようと思い立ったのは、2025年の2月頃でしょうか。

ふと「映像化すれば、より直感的に患者様や社会に伝わるのではないか」と考えました。

思い立ったらすぐに行動に移す性分なもので、インターネットで映画制作会社を探し、連絡を取りました。

制作会社の方も最初は「医療の映画ですか?」と戸惑っていらっしゃいましたが、私の「今の日本の医療が抱える課題を伝えたい」という熱意をお伝えし、制作が決まりました。

当初は脚本を制作会社にお任せするつもりでしたが、やはり医療現場のリアリティ、特にかかりつけ医がいないことによる患者様の苦悩というのは、現場にいる人間にしか描けない部分があります。

30分程度の短編映画の想定で、私がベースとなる脚本を一気に書き上げ、それをプロの方に映像作品として構成し直していただきました。

タイトルは『おばあちゃんのかかりつけ医』です。

院内に掲示されている 映画『おばあちゃんのかかりつけ医』ポスター
院内に掲示されている 映画『おばあちゃんのかかりつけ医』ポスター

描いたのは、認知症を患ったおばあちゃんと、そのお孫さんの物語です。

おばあちゃんの物忘れが激しくなり、病状が悪化していく中で、彼女たちには相談できる「かかりつけ医」がいませんでした。

一方、お孫さんは看護師を目指しているのですが、両親を早くに亡くしており、たった一人でおばあちゃんの介護をしなければなりません。

日々の介護に追われ、勉強との両立に悩み、夢を諦めそうになる。

いわゆる「老老介護」や「ヤングケアラー」の問題、そして「医療の狭間」で孤立する人々の姿を描きました。

主人公(お孫さん役)には、アイドルグループ「高嶺のなでしこ」の日向端ひなさん、そして先生役にはお笑いコンビ「ドランクドラゴン」の鈴木拓さんに出演していただきました。

お二人を含め、地元の方をキャスティングさせていただきました。

鈴木さんには、患者様に寄り添う温かい医師を演じていただき、まさに私がイメージしていた通りの作品になりました。

この映画は、2025年の12月に東京国際フォーラムD7で開催された「ふるさと映画祭」で公開されたのですが、会場で涙を流される方もいらっしゃって、映像の力はすごいなと改めて実感しました。

3月20日(金・祝)に、地元である綾瀬の方々にも見ていただける機会を設けています。

クリニックの患者様や地域の方々に、改めて「総合診療かかりつけ医」の大切さを共有できる場になれば嬉しいです。

私が伝えたかったのは、エンターテインメントとしての面白さではなく、これが「今、日本のどこかで起きている現実である」ということなのです。

待合の中心にある水槽。泳ぎ回る彩り豊かな魚が心を癒やす
待合の中心にある水槽。泳ぎ回る彩り豊かな魚が心を癒やす

綾瀬市の人口の半数が来院。「断らない」システムが生む安心

―映画でも描かれた「かかりつけ医の不在」という社会課題ですが、現場ではそのニーズをどう実感されていますか。

菊池:数字でご説明するのが一番分かりやすいかと思います。

2017年4月の開院から9年が経ちましたが、現在の登録患者数は「7万2000人」を超えました。

綾瀬市の人口がおよそ8万2000人ですから、驚かれる方も多いのですが、事実です。

内訳としては、約4万1000人が綾瀬市の方、残りの3万人が近隣の市町村の方です。

つまり、綾瀬市民の半数が、一度は当院を受診してくださっている計算になります。

クリニック内にあるホワイトボード
クリニック内にあるホワイトボード

さらに、今でも毎月500人から700名の新規の患者様が来院され続けているのです。

これは地域の方々がいかに、行く当てを探していたかという、切実なニーズの表れだと思っています。

―冬場には1日450人もの患者様が訪れると伺いました。それだけの人数を、どのようにして「断らず」に診察されているのでしょうか。

菊池:ただ闇雲に受け入れているわけではありません。

患者様をなるべく待たせず、かつ断らないための体制を整えています。

待ち時間は時間にして30分、長くても1時間程度だと思います。

当院は、土日・祝日も含めた診療体制(木曜定休を除く)を敷いており、平日は夜7時までクリニックを開けています。

「仕事が終わってからでも行ける」

「休日に子供が熱を出しても駆け込める」

そういった選択肢を常に用意しておくことで、患者様が特定の時間に殺到するのを防ぎつつ、いつでも安心して来られる環境を作っています。

スタッフもシフト制で総力を挙げて対応しています。

「あそこに行けば診てもらえる」という安心感こそが、地域医療としての責務だと考えています。

待合にある「お知らせ」
待合にある「お知らせ」

CT・MRIは「飾り」ではない。「診断」への執念

―「きくち総合診療クリニック」では、CTやMRIなどの高度医療機器も完備されていますが、個人のクリニックでここまで設備を整えているのはどうしてでしょうか。

菊池:一般的なクリニックの常識からは外れているかもしれません。

実際、厚生労働省の医療施設調査などを見ても、一般診療所におけるCTの普及率は約6%、MRIに至っては1.5%程度だと言われています。

しかし、私にとってこれらは「他のクリニックとの差別化」のために置いているのではありません。

「断らない医療」を実践し、患者様の命を守るためには必須なのです。

クリニック内1階にあるCT
クリニック内1階にあるCT

一般的なクリニックでは、レントゲンのみの対応となるケースも少なくありません。

しかし、初期診断の精度は人の命を左右します。

例えば、風邪をこじらせて咳が長引いているなら、すぐにCTを撮って肺炎の有無を確認することができます。

頭をぶつけたなら、MRIで脳内出血がないか即座にチェックできる。

あるいは、「お腹が痛い」という訴えに対しても、CTを撮ることで、単なる胃腸炎なのか、それとも心筋梗塞の放散痛や大動脈解離、あるいは隠れたがんなのかを見極めることができます。

レントゲンだけで「異常なし」と判断して帰宅させ、その夜に容体が急変して手遅れになる、そんな悲劇は、絶対に避けなければなりません。

私は以前、救急救命の現場にいましたが、そこには他院で診断がつかず、手遅れになってから運ばれてくる患者様がいらっしゃいました。

「もっと早い段階でCTを撮っていれば」

「あの時、正しい診断がついていれば」

そう悔やむ場面を何度も目の当たりにしてきたのです。

だからこそ、最初の窓口であるクリニックで「たぶん大丈夫」で済ませるのではなく、高度な機器を使ってその場で正しい診断をつけること。

それが不可欠であると認識しています。

MRI 「不安を抱えた患者様が少しでもリラックスできるように」と天井にはイルカの絵が描かれている
MRI 「不安を抱えた患者様が少しでもリラックスできるように」と天井にはイルカの絵が描かれている

―その場で診断がついた後、どのような医療連携を行っているのでしょうか。

菊池:当院で診断をつけ、治療方針を決め、当院で対応できない専門的な治療が必要であれば、即座に高度な専門病院へ繋ぎます。

このクリニックの周辺には、総合病院が5つほどあり、診断の結果によって適切な病院に繋ぐようにしています。

中でも特に連携を密にしているのが、近隣にある「藤沢湘南台病院」です。

年間でおよそ700件もの紹介状を書いており、毎日のように患者様をお願いしています。

また、逆に藤沢湘南台病院の脳神経外科の先生や、大学病院の小児科や整形外科の先生が当院に来て外来を担当してくださるなど、双方向の連携体制が整っています。

クリニックでここまでやるのか、と思われるかもしれませんが、これが本来のあるべき連携の姿です。

どこの病院に行けばいいか分からない患者様を、「とりあえず来てください」と受け入れ、高度な検査機器で白黒をつけ、最適な場所へ送り届ける。

このスピード感が、患者様の命を守るのです。

受付前 待合スペース
受付前 待合スペース

「大学の総合診療科」と「地域のかかりつけ医」の決定的な違い

―いわゆる大学病院にある「総合診療科」と、先生が実践されている「総合診療かかりつけ医」について、その役割にはどのような違いがあるのでしょうか。

菊池:確かに近年、全国の大学病院でも「総合診療科」が新設され、専門医機構も総合診療医を一つの専門領域として認めるようになりました。

これは素晴らしい進歩です。

しかし、大学病院における総合診療科は、あくまで「病院の中」での役割が中心です。

診断がつかない難しい症例を解明したり、アカデミックな研究を行ったり、あるいは病院内の各科の隙間を埋めるような役割を担っています。

そこに所属する先生方の多くは、大学病院という組織の中でキャリアを積んでいくことを目指しており、必ずしも「地域に出て開業する」ことをゴールにはしていません。

一方で私が提唱している「総合診療かかりつけ医」は、地域の最前線に立つ存在です。

患者様の生活圏の中に身を置き、高血圧や糖尿病といった生活習慣病の管理から、子供の急な発熱、高齢者のケアまで、その人の人生に寄り添い続ける。

今、日本に足りていないのは、まさに後者なのです。

きくち総合診療クリニック 菊池大和院長
きくち総合診療クリニック 菊池大和院長

大学の中にどれだけ優秀な総合診療医がいても、彼らが地域に出て開業してくれなければ、地域の高齢者が困った時に駆け込める場所は増えません。

2040年には、人口の三分の一が65歳以上になるといわれています。

医学部で総合診療を学んだ先生方が、将来的に「地域のかかりつけ医」として独立し、それぞれの町を守る拠点を作ってくれること。

それこそが、超高齢社会を迎えた日本が直面している課題への、唯一の解だと私は考えています。

「臓器」ではなく「人」を診る。総合診療医の不在が招く構造的課題

―その「地域に出ていく医師」が増えない背景には、どのような課題があるのでしょうか。

菊池:やはり、長年にわたる医学教育の構造的な課題があると思います。

大学病院や医学部は、研究機関としての側面も強く、どうしても専門医の育成に重きが置かれます。

心臓外科、脳神経外科、消化器内科といったように、それぞれ個別に専門性を高めていくことがキャリアの王道とされ、「開業医」や「総合診療」という分野の重要性が、教育の現場で十分に強調されてこなかった側面は否めません。

国も高度医療の充実に力を注いできましたが、地域医療を面で支える「総合診療医」の育成に関しては、まだ道半ばといったところでしょう。

その歪みが、超高齢社会となった今、患者様の負担となって表れているのです。

―高齢化が進むこととの関わりについても教えていただけますか。

菊池:高齢の患者様は、一つの病気だけを持っているわけではありません。

心臓も悪いし、膝も痛いし、糖尿病もあるし、認知症も始まっている、というように、複数の問題を同時に抱えているのが普通です。

今の縦割りのシステムだと、心臓は循環器科、膝は整形外科、糖尿病は内科と、いくつもの病院を掛け持ちしなければなりません。

足腰の悪い高齢者が、タクシーを使って5つも6つも病院を回る。

雨の日も風の日も、薬をもらうためだけに奔走する。

これは物理的に無理がありますし、何より患者様にとって不幸なことです。

専門性の高いクリニックがいくつあるかよりも、「困った時にとりあえず全部診てくれる先生」が一人いるかどうかのほうが、地域住民、特に移動手段の限られた高齢者にとっては重要な問題です。

私は、患者様を「臓器」で診るのではなく、「人」として診たいのです。

専門を持たずに間口を広げることに対して、ストレスを感じることは全くありません。

むしろ、患者様の訴えにしつこいくらいに耳を傾け、隠れている病気を探り当て、全体を俯瞰して最適な医療を提供する。

これこそが、本来の「医者」の役割だと思っています 。

菊池院長が大切にしている言葉。患者様が書いて贈ってくれたもの
菊池院長が大切にしている言葉。患者様が書いて贈ってくれたもの

図書室での運命的な出会い。そして医学生時代のハードワーク

―先生のその強い信念はどこで培われたのでしょうか。

菊池:原体験は小学6年生の時です。

学校の図書室で、たまたま手に取った本がアルベルト・シュバイツァーの伝記でした。

本当に偶然の出会いだったのですが、読み進めるうちに心を奪われました。

彼は30歳を過ぎてから医師になることを決意し、36歳でアフリカへ渡り、貧しい人々のために診療所を作って生涯を捧げました。

何より私が惹かれたのは、彼が単に医者として治療をしたということだけではなく、医療が届かない貧しい土地へ自ら赴き、現地の人々と同じ目線で生活し、共に汗を流して診療所を作り上げたという点です。

その生き様が、子供心に猛烈にかっこよく映ったのです。

「自分も将来は医師になって、こういう『医療が必要とされている場所』に行きたい。

そこで困っている人たちを助けたい」と。

シュバイツァー先生がアフリカの診療所で作った温かい空間と、私が今、この綾瀬で目指している「地域に根差した断らないクリニック」。

場所も時代も違いますが、根底にある「目の前の困っている人に手を差し伸べる」という精神は、あの図書室で本を閉じた瞬間から、ずっと変わっていないのかもしれません。

それからというもの、それ以外の職業は、もう考えられなくなりました。

クリニック内 2階廊下。歩いた先に待合と受付がある
クリニック内 2階廊下。歩いた先に待合と受付がある

―高い志を持って医学部に進まれてからのことについても、教えていただけますでしょうか。

菊池:福島県立医科大学に進学したのですが、2年生の時に父が倒れまして。

実家からの仕送りが大きく減ってしまったのです。

そこからはもう、生活費と学費を稼ぐためにアルバイト三昧の日々でした。

家庭教師をメインに、いろいろな仕事を掛け持ちしました。

中にはサウナの当直のような仕事もありました。

夜8時から翌朝6時まで働き、お客さんの朝食を作って提供してから、一睡もせずにそのまま大学へ行って講義を受ける、そんな生活を続けていました。

今思うと、若さゆえのエネルギーもあったのかもしれません。

しかし、あの経験は無駄ではありませんでした。

社会の多様な側面を見ることができましたし、何より「どんな状況でもやり抜く」という胆力が鍛えられました。

医者というのは、どうしても閉鎖的な環境で育ちがちですが、私はあの時期に泥臭く働いたおかげで、患者様の生活背景まで想像力を働かせることができるようになった気がします。

「お金がないから病院に行けない」

「仕事が忙しくて休めない」

そういった患者様の言葉の裏にある事情を、自分のことのように理解できるのです。

待合から地続きになっているため、移動がしやすい
待合から地続きになっているため、移動がしやすい

―その後、外科医としてのキャリアを選ばれたのは、どうしてでしょうか。

菊池:「悪いところを切って治す」という外科の手技に大きな魅力を感じたからです。

浜松医科大学卒業後、袋井市民病院や磐田市立総合病院などで外科医として働き、その後は国立がんセンターで呼吸器外科の研修も受けました。

外科医として、また救急救命の最前線で多くの手術や対応を経験し、技術を磨いたことは大きな自信になっています。

しかし、先ほどもお話しした通り、救急の現場で手遅れになって運ばれてくる患者様を診るたびに、「もっと前の段階で何かできなかったのか」という思いが強くなっていきました。

「切って治す」ことも大切ですが、「切らなくて済むように守る」ことの重要性を痛感するようになり、現在の「総合診療かかりつけ医」というスタイルに行き着いたのです。

小児科の待合
小児科の待合
部屋の周りを新幹線が走ったり、ぬいぐるみがいたりと細部まで工夫が凝らされている
部屋の周りを新幹線が走ったり、ぬいぐるみがいたりと細部まで工夫が凝らされている

「駅近」のセオリーを捨てた理由。大切なのは、患者様の目線

―開院にいたるまでのエピソードについて、お聞かせ願えますか。

菊池:一般的なクリニックの開業では、まずは小規模に始めるのがセオリーかもしれません。

しかし、私が目指したのは「断らない医療」、そして「その場ですぐに診断をつける医療」です。

そのためには、最初からレントゲンだけでなくCTも導入し、十分な待合室や処置室を確保できる広さが必要でした。

経営的なリスクはもちろんありましたが、設備を妥協して診断が遅れることの方が、私にとってはよほど怖いことでした。

患者様の命を預かる以上、そこは絶対に譲れないラインだったのです。

―この場所を選ばれ、開院された背景にはどのような思いがあったのでしょうか。

「本当に具合が悪い患者様」の目線で考えたかったのです。

高熱でうなされている時や、お腹が痛くて動けない時、患者様は電車やバスに乗って来院できるでしょうか。

おそらく、ご家族の運転する車やタクシーで来院されるはずです。

だとしたら、駅からの距離よりも、広くて停めやすい駐車場があることの方が、患者様にとっては重要なのではないかと考えました。

この場所自体は偶然見つけたものではありましたが、ここを見て「これだ」と即決できたのは、私の求めていた60坪という敷地と広大な駐車場という条件を完璧に満たしていたからです。

「ここなら、どんなに具合が悪い人でも安心して車で連れて来られる」

そう確信して、この場所での開業を決めました。

その後も、ありがたいことに多くの患者様にお越しいただき、手狭になった分を拡張してMRIを導入するなど、投資を続けることができています。

経営者としてはプレッシャーを感じることもありますが、患者様が増え続けているという事実は、私が選んだ「断らない」という方向性が、地域の方々に受け入れていただけた証拠だと思っています。

診察室前と待合の様子
診察室前と待合の様子

「総合診療かかりつけ医」が当たり前の世の中へ。10年、20年後の日本のために

ー「総合診療かかりつけ医」という存在を、もっと世の中に浸透させていくためにはどのようなことが必要であるとお考えでしょうか。

菊池:まずは自分にできることからと思い、筆を執りました。

『「総合診療かかりつけ医」がこれからの日本の医療に必要だと私は考えます。』(現代書林、2024年)などの著書を出版し、それを全国の医学部に寄贈して「ぜひ読んでください」と送っています。

菊池院長の著書『「総合診療かかりつけ医」がこれからの日本の医療に必要だと私は考えます。』
菊池院長の著書『「総合診療かかりつけ医」がこれからの日本の医療に必要だと私は考えます。』
著書は多くの医学部に寄贈されている
著書は多くの医学部に寄贈されている

若い先生方に、少しでもこの分野に興味を持ってもらいたいという一心からです。

ただ、正直なところ、一開業医ができる啓発活動には限界があります。

この問題を根本的に解決するには、やはり国の制度や教育システムそのものが変わっていく必要があると考えています。

今の医学教育は、どうしても大学病院に残る専門医を育てることに主眼が置かれています。

しかし、これからの日本に必要なのは、地域に出て高齢者の生活を支える「総合診療医」です。

若い先生方が「地域のかかりつけ医になりたい」と自然に思えるような教育カリキュラムや、開業を志す医師への公的なサポート体制。

そうした土壌が整わなければ、この流れを加速させることはできません。

私が懸念しているのは、「今」ではなく「未来」のことなのです。

10年後、20年後を想像してみてください。

今の開業医の多くは高齢化して引退し、地域から医師が減っていきます。

一方で、総合病院のベッド数も削減傾向にあり、高齢者の人口はピークを迎えます。

その時、地域に「なんでも診る医師」がいなければ、日本の医療はどうなるでしょうか。

行き場を失った高齢者が溢れ、救えるはずの命が救えなくなる。

医療崩壊が現実のものとなってしまいます。

これはこれから間違いなく顕在化する「未来の危機」なのです。

今はまだ、問題の入り口に立ったばかりかもしれません。

だからこそ、気づいた人間が動かなければならない。

映画を作ったのも、本を書いたのも、すべてはその危機感からです。

「総合診療かかりつけ医」という存在が、特別なものではなく、日本のどこに住んでいても当たり前にアクセスできる社会インフラになること。

私が生きているうちに、そんな安心できる社会の仕組みを少しでも作り上げたい。

それが、地域医療に身を投じた私の使命だと思っています。

外から見たクリニック2階の窓。菊池院長の熱い思いから、診療科目などではなくこのメッセージを掲げることにしたのだという
外から見たクリニック2階の窓。菊池院長の熱い思いから、診療科目などではなくこのメッセージを掲げることにしたのだという

―最後に、読者へのメッセージをお願いします。

菊池:患者様にとって一番不幸なのは、自分の病気のことを相談できる相手がいないことです。

「こんなこと聞いていいのかな」「専門の先生じゃないから悪いかな」なんて遠慮する必要はありません。

まずは、なんでも相談できる「かかりつけ医」を見つけてください。

自分に合った、話しやすい先生で構いません。

そして、もし近くに信頼できる先生がいなければ、いつでも当院に来てください。

私たちは「断らない」という信念を持って対応します。

「困ったらすぐ来て」と言える存在であり続けること。

それが、私とこのクリニックの、地域に対する約束です。

きくち総合診療クリニック2階外観
きくち総合診療クリニック2階外観
インタビューを終えて

「偏差値の高い医学部生は、難しい病気を治す専門医を目指すのが王道」。

そんな医学界の常識に対し、菊池院長は「それだけでは地域医療は守れない」と真っ向から異を唱える。月間500人以上の新規患者、登録患者数7万2000人という数字は、彼の主張がいかに正しく、そしていかに社会から渇望されていたかの証明に他ならない。
「映画を作る」「著書を全国の医学部に寄贈する」、これらは全て「目の前の患者を救いたい」という、医師としてのあまりに純粋な本能から来ている。
取材の最後に、クリニックを運営する法人の名前「医療法人ONE」の由来を改めて伺った。そこには、「どの医療機関にもない、オリジナリティーを大切にしたオンリーワンのクリニックを作りたい」という願いが込められているという。既存の枠にとらわれず、誰もやっていないことに挑戦する。まさに菊池院長の生き様そのものだ。

いつか、この「オンリーワン」の取り組みが、日本中の地域医療にとっての一つの理想となるスタンダードになり、当たり前の光景になる日が来るのではないだろうか。突き詰めた個性が、やがて普遍的な救いとなって社会を包み込む。

そんな未来が訪れた時こそ、菊池院長の本当の願いが叶う瞬間なのかもしれない。そう確信させてくれる、熱く、そして温かいインタビューだった。

医療法人ONE きくち総合診療クリニックについて

医療法人ONE きくち総合診療クリニックについて
医療法人ONE きくち総合診療クリニックについて
項目 詳細
クリニック名 医療法人ONEきくち総合診療クリニック
院長 菊池 大和(きくち やまと)
クリニック紹介 「断らない医療」を信念に、あらゆる症状・年齢に対応する「総合診療かかりつけ医」による安心の地域医療を提供。クリニックの枠を超えたCT・MRIなどの高度医療機器を完備し、脳梗塞や肺炎などの重大疾患をその場で発見する「早期発見に全力を尽くす診断」を実践。土日祝日の診療体制でいつでも患者様の不安に寄り添う、高度な診断力と温かな包容力を兼ね備えたクリニックです。
所在地 〒252-1107
神奈川県綾瀬市深谷中7-18-2 ライズモール綾瀬1階
アクセス お車での来院が推奨されています(無料駐車場280台完備)
公共交通機関の場合:小田急江ノ島線「高座渋谷駅」より徒歩約30分、またはタクシー・バス利用
電話番号 0467-76-1000
診療時間 平日:9:00〜12:00 / 15:00〜19:00
土日祝:9:00〜12:00 / 14:00〜17:00
休診日:木曜日
Webサイト https://kikuchi-geclinic.jp/
ご予約 Web予約および電話予約に対応
インタビューした人
加藤俊
加藤俊
株式会社Sacco 代表取締役
株式会社Sacco代表取締役。一般社団法人100年経営研究機構参与。一般社団法人SHOEHORN理事。株式会社東洋経済新報社ビジネスプロモーション局兼務。週刊誌・月刊誌のライターを経て2015年Saccoを起業。 連載:日経MJ・日本経済新聞電子版『老舗リブランディング』、週刊エコノミスト 『SDGs最前線』、日本経済新聞電子版『長寿企業の研究』