1500万。
日本において難聴など、聞こえに何らかの課題を抱えているとされる人々の数だ(日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の推計による)。
超高齢社会を迎えた今、加齢性難聴の当事者は増加の一途をたどっている。
さらに昨今のライフスタイルの変化により、若年層における将来的な難聴リスクも国際的な公衆衛生上の課題として浮上している。
しかし、これほど身近な問題でありながら、日本の補聴器装用率は約15%と40〜50%に達する欧米諸国と比べて著しく低く、購入者の満足度も決して高いとは言えない現状がある。(一般社団法人日本補聴器工業会「JapanTrak 2022」)。
この聴覚医療が抱える課題に向き合い新たな選択肢を提示すべく、慶應義塾大学教授を退任した小川郁院長が立ち上げたのが、難聴・耳鳴り治療に特化した「オトクリニック東京」である。
なぜ日本の補聴器事情は世界から遅れをとっているのか。
そして、小川院長自身の過酷な闘病体験と、アメリカ留学時代に直面した凄惨な事件を経た先でたどり着いた聴覚医療の使命とは。
患者の社会的孤立を防ぐために生涯を懸ける、一人の医師の覚悟に迫った。
1500万人が直面する、見えない障害。超高齢社会と若年層に迫るリスク
―現在の日本、そして世界における聞こえに関する医療の現状について教えてください。
小川:まず大前提としてお話ししなければならないのは、人間の耳という器官のメカニズムについてです。
多くの方は耳が遠くなるのはお年寄りになってからだと認識されていますが、実は人間の聴力というのは、30代の頃からすでに加齢による機能低下が少しずつ始まっています。
実際に会話が聞き取りにくくなるというような具体的な影響が顕在化してくるのは、一般的に50代、60代ぐらいからです。
そういった年代の方々も含めると、難聴者の数というのは国内で1500万人という非常に多い数になります。

現在、日本は人生100年時代と言われるような超高齢社会です。
私が医者になった頃は、70歳、80歳というとお年寄りで、大きな手術をするかどうかも慎重になるような時代でした。
それが今や、90歳でも現役で元気に仕事をされている方がたくさんいらっしゃいますし、手術を受ける方も珍しくありません。
耳というのは、起きている時だけでなく、寝ている間もずっと機能していて、いろんな音を聞きながら危険を察知するセンサーの役目を果たしています。
人生70、80年の時代に比べて、さらに20年ほど長く耳を使い続けているわけですから、経年劣化によって難聴者が増えていくというのは当然のことと言えます。
目の障害や足腰の障害など様々な身体的障害がある中で、WHO(世界保健機関)の統計を見ても、聴覚障害というのは発生頻度が多い障害の一つです。
しかし、ここで大きな問題となるのが、難聴が目に見えない障害であるという事実です。
例えば、道を歩いている方が難聴であったとしても、外見からはその聞こえが悪いということは周りには全く分かりません。
そのため、数字として1500万人という非常に多くの方が聴覚に障害を抱えていると言われても、皆さんがその存在を実感しにくいという現実があります。

さらに、聞こえの障害は「微笑みの障害」とも言われています。
難聴の方の多くは、会話についていけなくても、笑ってごまかしてしまうことが非常に多いのです。
本当は聞こえていなくて困っているのに、外側からは見えない。
どこを歩いていても、あるいは家族と過ごしている時間や仕事の最中であっても、本人が言い出さない限り、誰が聞こえていて誰が聞こえていないのか周りからは分からないわけです。
その結果、当事者の悩みが表面化しづらく、問題が実感されにくいということが、聴覚医療の抱える一つの大きな要因だと思います。
―高齢者だけでなく、近年は若い世代の難聴リスクも指摘されています。この点についてはいかがでしょうか。
小川:これはWHOも警告していることですが、現在の若い方々のデジタル音楽再生機器やイヤホンの使い方を今後もずっと続けていくと、そういった若い方が40代、50代、60代になった時に、今よりもはるかに多い方が聴覚障害になっていくリスクがあるとされています。
音楽を聴く習慣をある程度考え直さないと、将来的な難聴のリスクが高まっていくということは、日本だけでなく世界的に取り上げられている課題です。
特に、新型コロナウイルスが流行するまでの時代では電車の中で会話をする人が一定数いましたが、コロナを経験した後は、ほとんどの方が電車の中で携帯を見て、イヤホンやヘッドホンを着けています。
電車の中というのは周りの騒音がありますから、その中で快適に音を聴こうと思うと、どうしてもボリュームが上がってしまうわけです。
さらに今のデジタル再生機器は、昔のように30分ぐらいでテープをひっくり返さないといけない時代とは違って、何時間でもずっと鳴り続けています。
そういったデバイスの進歩や使い方によっても、耳に対する影響は大きくなっていることは確かだと思います。

特効薬が存在しない特異な領域。iPS細胞を用いた創薬への挑戦
―聞こえの領域は、治療が非常に難しいとも伺っていますが、新薬などは開発されていないのでしょうか。
小川:私が医者になってから今日に至るまで、加齢性難聴や耳鳴りに対する根本的な新薬は開発されていません。
実はかつての医学界では、耳鳴りは客観的な評価ができず治療法もないため、「耳鳴りを研究テーマに選ぶと研究室が潰れる」とまで言われていました。
他の教授陣からやめるよう諭されるほど、誰もが避けて通るタブーの領域だったのです。
しかし、これほど多くの方が苦しんでいるのに誰も手を出さないのは不条理です。
そこで私はあえてこの領域に飛び込みました。
難聴になると外からの音が減るため、脳がわずかな音を拾おうとして過度に興奮し、それが耳鳴りを作り出しています。
つまり難聴と耳鳴りは表裏一体なのです。
耳鳴り自体を完全に消す薬がなくても、補聴器をつけて豊かな環境音に耳をさらし、脳の興奮を鎮めるTRT(耳鳴順応療法)を行うことで、脳を音で鍛え直すことができます。
このアプローチを継続することで、耳鳴りに対する苦痛を段階的に和らげ、日常生活のストレスを軽減することが期待できます。
だからこそ、耳鳴りや難聴に苦しむ多くの方々に、こうした専門的な医療を直接届けていかなければならないという強い使命感があり、このクリニックを作りました。
―先生はオトリンクという創薬ベンチャーも立ち上げられています。なぜこれまで治療薬の開発が進んでこなかったのでしょうか。
小川:それには、耳の構造上の大きな理由があります。
音を感じる細胞は、耳の奥の蝸牛(かぎゅう)というところに入っています。

例えば目であれば網膜を眼底検査で実際に見ることができます。
がんなどであれば組織を取って顕微鏡で見れば何が起こっているか大体分かります。
しかし、蝸牛は直接外から見たり、細胞を取ったりすることができません。
もし組織を取って調べようとすれば、聞こえなくなってしまいます。
そういう研究上の難点があるため、メカニズムの解明や薬の開発が非常に難しいのです。
そこで我々が目をつけたのがiPS細胞です。
iPS細胞を使って、蝸牛の中の細胞を試験管の中で作ります。
そして、その作った細胞に対して何らかの化合物を探せば、難聴に作用する薬ができるのではないかという発想です。
生検(組織を取ること)を仮想的に行うため、我々はこれをバーチャル生検と呼んでいます。
我々はその耳の細胞を作っていく特許を持っていますので、大学のラボと共同研究のような形で製薬会社が薬を作るためのシーズ(種)を探しています。
今まで薬がなかったわけですから、私が現役のうちにどうにか新しいシーズを見つけて創薬をしたいという思いでオトリンクを立ち上げたのです。
―難聴者が世界中に多くいる中で、海外の大手製薬会社などが解決に向けて動いているという声はあまり聞きませんが、なぜでしょうか。
小川:私が大学にいた頃に、ハーバード大学と同じ方法でiPS細胞を使って創薬をするという共同研究をやったのですが、非常に大きな資金を持った会社が積極的に参入してくるかというと、なかなかそういう状況ではありませんでした。
40年も50年も全く新薬が出ない領域に莫大な資金を投じて新しい薬を作ろうというモチベーションがなかなか生まれにくいのだと思います。
我々がiPS細胞で作る細胞は、今のところ何らかの遺伝情報を組み込んだ細胞になります。
もし加齢によって起こる難聴を対象に、日本で1500万人、世界で何億人という大きな母集団を代表するような細胞を作ることができればよいのですが、今のところ、我々が手がけている遺伝性難聴の多くが指定難病に登録されるような希少疾患ですので、大きな開発費を投じてもオーファンドラッグとして公的な開発費補助などが得られなければ採算が取りにくいという問題があるのも事実です。

満足度50%未満の日本。法規制なき市場が生むタンス補聴器問題
―現在、治療薬がない中で、どのような医療を提供されているのでしょうか。
小川:現状で考えると、やはり補聴器です。
耳鼻咽喉科というと花粉症の時期などは混みますが、聴覚障害に絞ればコンスタントに医療を展開できます。
手術をするような場所でもありませんので、「補聴器をいかにして普及させるか」「補聴器が必要な方に適切な補聴器をどうやってつけていただくか」というのが、このクリニックの一番の使命だと思っています。
日本の補聴器装用率は、つけるべき人の大体6人に1人、約15%しかありません。
欧米の40%から50%という数字から見るとはるかに少ないことがわかります。
さらに、買った方の満足度も日本は50%に達するかどうかですが、欧米だと大体70%から80%の方は満足しているというデータもあります(一般社団法人日本補聴器工業会 JapanTrak 2022 調査に基づく)。
日本で普及率や満足度が低い理由の一つとして、補聴器販売に対して何の規制もないということが挙げられます。
医療機関ではないところもで購入できるため、適切な診断を受けずに安易に補聴器を購入し、結局使わなくなってしまうというケースも少なくありません。
これには、医学的な理由があります。
難聴の状態が長く続くと、脳は音の刺激に飢え、わずかな音でも拾おうと過敏になります。
この難聴の脳の状態でいきなり補聴器をつけると、食器の音や新聞をめくる音など、すべての生活音がうるさい雑音に感じられ、脳が疲弊して挫折してしまうのです。
補聴器は買って終わりではありません。
過敏になった脳を本来の聞こえる脳の状態へと慣らしていくために、当院では少なくとも3カ月間、頻回に微調整を繰り返しながら丁寧な聴覚リハビリテーションを行っています。
こうした医学的な伴走という質の部分が担保されて初めて、補聴器は真の価値を発揮するのです。
高齢者の聴覚障害の方が増え続けているにもかかわらず、補聴器販売の現場は全く変わっていません。
聴覚障害を放置しておくと認知症のリスクが高まるといった社会的な問題も大きくなってきています。そこで、一人ひとりに合わせた補聴器を作るまでの適正な方法を作り上げ、モデル化しようという目的で開院したのです。

―実際に来院される患者様の数はどのくらいでしょうか。また、どのような地域から来院されるのですか。
小川:私が担当する患者様は、午前中に定員で18人、午後18人で1日36人です。
当院は2人の医師がいますので、1日の患者数は大体その倍ということになります。
予約はほとんど埋まっており、私の初診の患者様で言うと、3ヶ月から半年近く待っていただいています。
地域としましては、北海道から沖縄まで全国からいらっしゃいます。
地元の先生からの紹介状をお持ちいただいたり、ホームページを見たり、あるいは知り合いが来ていてその方の話を聞いてという人づてでいらっしゃる方も多いです。
―具体的にどのようなお悩みを抱えている方が多いのでしょうか。
小川:7割から8割は難聴の方です。
当院にいらっしゃるのは、主に高齢者のコミュニティの中で会話が聞き取れずに仲間に入りにくいという悩みからいらっしゃる方や、ご家族が心配して連れてこられる方が多いです。
そして、その難聴の方の大体8割から9割には耳鳴りがあります。
耳鳴りを年のせいだと受け入れている方もいれば、気になりだして夜も眠れない、仕事も手につかないという方もいます。
場合によってはそれでご自分で命を絶ってしまうような、深刻な悩みを持つ方もいらっしゃるほどです。
耳鳴りが主訴の方も2割程度いらっしゃいます。

結核治療薬での難聴、恩師を巻き込んだ事件。人生を決定づけた原体験
―小川院長が、ここまで難聴や耳鳴りの医療に対して並々ならぬ情熱を傾けられている背景には、ご自身の特別な経験があるのでしょうか。
小川:私は仙台の田舎で、普通の家庭で育ちました。
父は医者でしたが、仕事の現場の方にいたため一緒に住んでいたわけではなく、祖母と一緒に育ちました。
兄も医学部に行ったので、自然とあまり深く考えずに医学部を目指し、東京に出てきました。
大学6年生の時に結核に罹患し、治療のためにストレプトマイシンという注射を受けました。
投与からしばらく経ったある真夜中、ふと目が覚めると、キーンという金属音が両耳で鳴り響いていたのです。
注射の副作用に難聴と耳鳴りがあるという説明は聞いていましたが、一晩中鳴り止まない金属音の中で、眠れずに悶々と朝を迎えた絶望感は今でも忘れません。
まだ回復するのではないかという一縷の望みをもって直ぐに慶應病院の耳鼻科の先生に診ていただきましたが、「小川君、これは現代の医学では、元の状態に戻すことは難しいよ」といわれ、あの日から現在に至るまで、私の静かな夜は完全に失われました。
今でも電子体温計の検温時のピッピッという電子音と自分の耳鳴りが重なって体温計の音は聞こえません。
ガヤガヤしている環境では会話も聞き取れないことがしばしばです。
その後、難聴だけではなく耳鳴りにも補聴器が有効であることが分かり、それ以来、ずっと補聴器を使い続けています。

その経験がきっかけの一つとなり、耳鼻科で耳の診療や研究をするようになりました。
難聴と耳鳴りを一生のライフワークにすると決定づけたのは、1992年、ミシガン大学へ留学していた時の凄惨な事件でした。
私の恩師が、激しいめまいや耳鳴りを繰り返すメニエール病の患者様に、診察室で射殺されてしまったのです。
「どれほど耳鳴りの苦痛を訴えても、一向に改善の兆しが見えない」という絶望が引き金でした。
恩師の葬儀に参列した際、遺された子どもたちの姿が、当時現地で一緒に暮らしていた私の幼い娘や息子の姿と重なり、胸が張り裂ける思いでした。
私自身もずっと耳鳴りをそばに感じる生活の中、治療法がないことも分かっている立場でした。
ですから、偶然とはいえそのような機会を経験したこともあり、「これは私が向き合うべきテーマなのではないか」と考え、難聴・耳鳴りをライフワークにすることを選んだのです。
―大学教授を退任されてからクリニックを開業される方は、あまりいらっしゃらないのではないでしょうか。
小川:教授を退任してクリニックを開業する、という方はほとんどいないのではないかと思います。
65歳で退任をして、様々な設備投資をして、男性の健康寿命が平均72歳だとすると、元気で働ける保障は10年ぐらいしかありません。
投資した分を返済した上で、スタッフの生活を守れるのかと問われると、そう約束するのは現実的になかなか難しいのではないでしょうか。
私は偶然ご縁をいただいただけです。
様々な方とのつながりで「こういうものをやりたい」という構想をお伝えした時に、ある企業の会長の方が共感をしてくださり「じゃあお手伝いしましょうか」と経営的なところをバックアップしてくれることになりました。
そのため、私はやりたい医療にしっかりと専念できる環境に身を置くことができています。

患者を孤立させないために。全国展開を見据えた遠隔医療の未来
―日々の診療の中で大切にされているモットーは何でしょうか。
小川:とにかく、豊かな高齢期を送るためには、ご家族あるいは仲間とちゃんとコミュニケーションが取れることが非常に重要です。
それを適切にサポートできる医療機関になりたいと思っています。
難聴や耳鳴りは、周りから何も分からず、理解されません。
「たかだか耳鳴りでしょう」「ちょっと耳が遠いぐらい年のせいだから」と人ごとのように済まされてしまい、ご本人はだんだん社会的に孤立していきます。
孤立することで本来豊かであるはずの高齢期が非常に苦痛を伴うものになってしまう。
そうならない機会を提供することが重要だと考えています。
耳鳴りそのものを治療することが難しいことはあっても、しっかりとその思いを受け止めて理解を示し、今できることを提案するだけで、苦痛の度合いが和らぐ方もいらっしゃいます。
患者様が再び円滑なコミュニケーションを図れるよう支援することに、医療従事者としてのやりがいと大きな意義を感じています。

―最後に、長期的なビジョンと、読者へのメッセージをお願いします。
小川:今後のビジョンとしては、東京に立ち上げたこのオトクリニック東京を、オトクリニック大阪、名古屋、福岡、仙台……というように拠点を作り、そこをネットワークで結んでいく構想があります。
大都市だけでなく、地域の難聴者にも同じレベルの補聴器医療を遠隔で届けることが、私の描く一つの完成図です。

読者の皆様にお伝えしたいのは、補聴器も医療機器の一つですから、専門的な診断が元にならないと適切な補聴器をつけることは困難であるということです。
便利だからと近くの販売店で相談されることが多いと思いますが、眼鏡屋さんに行っても診断していただけるわけではありません。
事実、耳垢が詰まっていて聞こえないだけであったにもかかわらず、補聴器をつけていたという方もいらっしゃいました。
まずは耳鼻科の先生、あるいは学会が認定する補聴器相談医が全国に約5000人いますので、そういったところに相談して適切な診断を受けてください。
一人で抱え込まず、ご家族と一緒に考えていただきたいと思います。
「今も補聴器をつけていますが、キーンという金属音が四六時中、夜もずっと鳴っています」。
穏やかな口調で語られた小川院長の言葉の中には、当事者にしか持ち得ない説得力があった。
日本の医療界において、大学医学部の教授というポジションは一つの到達点である。
しかし、小川院長はその集大成として、あえて「オトクリニック東京」という臨床現場に立つことを選んだ。
そこには、自らが結核治療薬の副作用で負った難聴と耳鳴りの終わりのない苦しみ、そして異国の地で目の当たりにした恩師の死という、あまりにも重い原体験があった。
見えない障害である難聴は、時に社会の中で理解されにくく、人の心を蝕み、社会から孤立させていく。
日本の補聴器市場の現状を変え、一人でも多くの患者が再び周囲と笑い合える日常を取り戻すために。オトクリニック東京の待合室に全国から集まる患者たちの姿は、小川院長が灯した光がいかに社会から渇望されていたかを、何よりも雄弁に物語っていた。
オトクリニック東京について

| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| クリニック名 | オトクリニック東京 |
| 院長 | 小川 郁(おがわ かおる) |
| クリニック紹介 | 聴覚障害による社会的孤立を防ぐことを使命に、加齢性難聴から耳鳴りまであらゆる聞こえの悩みに対応する日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会認定 専門医による高度な専門診療を提供。クリニックの枠を超えた大学病院に準ずる検査設備を完備し、微細な異変も見逃さないマイクロスコープを用いた的確な医学的診断を実践。全国から患者が集う診断力と、患者の悩みに寄り添う深い共感力を兼ね備えたクリニックです。 |
| 所在地 |
〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷1丁目30-8ダヴィンチ千駄ヶ谷 地下1階 |
| アクセス |
JR「千駄ヶ谷駅」から徒歩2分 都営大江戸線「国立競技場駅」A4出口から徒歩2分 東京メトロ副都心線「北参道駅」1番出口から徒歩8分 |
| 電話番号 | 03-3423-0022 |
| 診療時間 |
月曜日~土曜日 午前:9:30~12:30 午後:14:00~17:00 定休日:日曜日・祝日 |
| Webサイト | https://otoclinic-tokyo.com/ |
| ご予約 | 電話でのご予約のみ |